道具の使用を禁止するというのはナンセンス

 ある道具を巡って問題が起きた時に、その道具を使うことを禁止するという対応が取られることがある。最近こんな記事を見つけた。


生徒との私的LINE禁止 教諭5人免職で埼玉県:朝日新聞デジタル

 

 そしてこの記事についてこんな風にツイートした。今回はこのツイートをきっかけとしてさらに考えたことについて書いてみようと思う。

 生徒と教員がLINEやメールで私的にやりとりをして、校外で会ったりするようになり、やがてトラブルが発生する…というお馴染みのパターンである。この記事では高校が舞台になっているが、中学や大学などでも同様のトラブルは起きている。そして問題の原因がソーシャルメディアやネット、メールを通した教員と生徒との「つながり」(connection)にあるとして、そのつながりを断つことで問題に対処しようとする。いわば「縁切り解決法」とでもいったところか。しかしこれはナンセンスだ。問題の原因はそんなところにあるのではない。

 

 問題は、教員と生徒との人間関係のあり方、特に教員の側の姿勢や態度というところにある。生徒との間にしかるべき距離を置きながら関わること、一定のラインを踏み越えないこと、一言で言えば「節度」の問題である。そしてこれが理解されない限りは、LINEやメールでつながることを禁止しても、他のなにかでつながる可能性がどうしても残る。例えばLINEと似たサービスであるスカイプやカカオトークなど、この手のアプリはいくらでもあるし、仮にそういうものがすべて禁止されたとしても、節度に対する理解の欠如が存在し続ける限りは、この手の「一線を越える問題」は常に発生の可能性を持ち続けることになる。

 

 そして節度が問題として考える場合に、「近頃の若者同士の人間関係のあり方には、昔のような節度というものがなくなってしまった。そういう意識の変化がこの問題の背景にある」という風に考えるのは、ミスリーディングな進み方である。問題を起こしている教員は若者だけではなく、50代の男性教員ということもある。

 

 以前に書いた記事でもこのことについて少し触れた。そこでは包丁と車を例に挙げた。 

安易な一般化の問題ーりんごが赤いからといって、果物がすべて赤いとは限らない - ありそうでないもの

 

 

 「道具」というと、包丁や車などの形のある(tangibleな)道具を思い浮かべがちであるが、形のない(intangibleな)道具もある。冒頭で挙げたLINEはアプリ(ソフトウェア)であるし、2008年の金融危機で問題視されたCDSCDOMBSABSなどの金融派生商品デリバティブ)なども、形のない商品である。

 

 道具の誕生の背景には、常に社会規模の願望が潜んでいる。包丁であれば「食材を食べやすいように切りたい」というような願望、車であれば「もっと早く遠くへ移動したい」という願望、LINEであれば「もっと他者とつながりたい」という願望、そしてデリバティブの場合は「金融市場においてもっと効率的に資産の取引ができるようにしたい」という願望が、それぞれ潜んでいたということができる。それぞれの道具は、こうした願望を叶えるという目的をもって生み出されている。

 

 では仮に、金融危機の問題点として指摘された、CDSCDOなどの格付けの杜撰さは、監督機関を作って公正なモニタリングを実施することで解決されるだろうか。私はそうは思わない。人間はしたたかな生き物だ。こちらでダメとなれば、あちらで別の方法を考え出す。願望は同じままで。金融市場においては、コンピュータのアルゴリズムによって、ナノ秒単位の超高速での裁定取引が可能になった。この「超高速取引」(HFT: High Frequency Trading)*1は、金融危機以前から存在していたが、金融危機以降に活発化したのは果たして偶然だろうか。かつて物理学者*2が手を貸した金融市場の効率化に、次に手を貸すのは、データサイエンティスト、或いは人工知能研究者ということになるのかもしれない。そしてこの活発化の背景にあるのは、デリバティブを生み出したのと同じ種類の願望ではないだろうか。同じ願望で違う方法、これは人間のしたたかさの発露なのではないか。

 

 それでは根本から見直して、道具を生み出す原動力になっている「願望」を否定すべきか、「悟り」へ向けて出家や解脱を考えるべきかというとそうではない。願望はあってよいと私は思う。問題はそれについてどれくらい自覚的であるか、そしてその願望を元に作り出された、それぞれの「道具」(包丁、車、デリバティブなどなど)のもつ意味について、願望とセットで捉えるという見方というところにあるのだろう。それは「バランス感覚」といえば随分楽なのだけれども、それでは曖昧でいまいち実効性に乏しいので、実践的な書き方をするとしたら「気づいた人が指摘する」というところだろうか。

 

ここで少し視点を変えて、生理学的な見地からこの問題を検討してみよう。

 

 願望にまつわる問題というのは、特にドーパミン」(dopamine)と、それに関わる「報酬系」(reward system)*3が絡むようなタイプのそれは、我々の脳内の生理レベルの問題であり、容易に解決することはできない。*4ドーパミンは薬物やアルコールなどの「依存症」(dependence)という負の現象のみに関わるわけでなく、「学習」(learning)という、問題を解決するための必須の行動とも深く関わっている。「よりよい学習」ということについての議論においては、「いかにドーパミンを刺激するような仕方で学習するか」という風に問題が捉えられることも少なくない。

 

 このことを念頭に置くと、問題を解決するための原動力は、同時に問題を生み出す原動力にもなりうるという両面性が明らかになる。つまり、ある問題を解決しようとして何かを生み出し、生み出したものが問題を引き起こした時に、今度はその原因を検討していくと、問題を解決しようとして使われたものが、同時に問題の原因でもあったことに気づかされるという関係になっている。

 

 問題を生みだしながら、同時にそれを解決する人間。こうした点について考慮せずに、ただ道具の使用を禁止するという形で対処するという考え方は、問題についての、そして同時に人間についての、あまりに表面的な理解のしかたであると言わねばならない。

 

 

*1:アルゴリズムが私たちの生活にいかに浸透しているかにについては、特にHFTについてならばマイケル・ルイス『フラッシュ・ボーイズ』、より一般的にはケヴィン・スラヴィンのTEDでの講演(アルゴリズムが形作る世界」)や、クリストファー・スタイナー『アルゴリズムが世界を支配する』などが参考になる。

 

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち

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ケヴィン・スラヴィン 「アルゴリズムが形作る世界」 | Talk Video | TED.com

アルゴリズムが世界を支配する (角川EPUB選書)

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*2:ロケット・サイエンティスト、或いはクオンツ(QUANTS)とも呼ばれる。

*3:報酬系は中脳の腹側被蓋野から大脳皮質に投射するドーパミン神経系(別名A10神経系)と言われる

*4:こうした問題についてはデイヴィッド・J・リンデン『快感回路』中野信子『脳内麻薬』などが参考になる。

 

 

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか (河出文庫)

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