対話を通じてなにか伝えるということ
「伝える」というのは、つまり何をどうすることなのだろうと考えることがある。
たとえば書店で、平積みされた広告関係のビジネス書の表紙に、「伝え方のルール30」みたいな表現があったりするのを目にしたとき。
たとえば塾で、中学生や高校生に、数学の問題の解き方や日常で起きる人間関係の問題について、ものの見方や考え方を伝えたりするとき。
ただ単に、「相手に伝えたい内容を話すこと」がイコール「伝える」ということではない。伝えたい内容をすべてしゃべってしまった後に、相手の顔を見るとどうも晴れ晴れとしていない、そういうことはよくある。そして思う、「ああ、また伝え方を間違えたのだな」と。
もし自分に、たとえば一教育者という立場から見て「伝える責任」というものがあるとしたら、ただ単に「相手に話したからそれでオッケー」というわけにはいかない。相手に伝わったことを確認するところまでいって始めて、「伝える責任」は果たされたと考えた方がいいのだろう。
「伝える」ということは、ある意味で「札合わせ」のようなものなんじゃないかと思う。勘合貿易における勘合符、公開鍵暗号における公開鍵と秘密鍵のペアのようなもので、「自分と相手の間で、共通で意味をもつもの」をうまく提示することで始めて機能する。
つまり、自分が持っている手札の中から、相手が持っている手札と同じもの、あるいは似通っているものを、優先的に選んで提示する。もし自分が提示した手札が、相手の持っているどの手札とも一致しなければ、その手札は相手にとって意味をもつことはほとんどない。あくまでボトルネックは相手側にあって、相手の手持ちの手札に合わせて、こちらもどの手札を提示するかを決めなければならない。
たとえば「トマト」を知らない人にトマトがどんなものかを伝えるとき、相手が「野菜」という言葉を知らなければ、「野菜」という言葉を使わずにトマトを説明することを考えたほうがいいだろう。
あるいは「野菜」という言葉を、相手がすでに知っている単語のどれか(たとえば「果物」)に近いものであることを示し、相手の頭の中に「野菜」という言葉を「登録」してから、続きを説明した方が伝わりやすいだろう。
この一連の手順を示すとしたら、次のようになるだろう。これは「伝えること」のアルゴリズムと言える。
Step1: 相手ι の知っている言葉のリスト(Lι : W1, W2, W3, •••Wn)を確認(あるいは想定)する(操作Chあるいは操作Su)
Step2: そのリストの中に、伝えようとする言葉(Wx)およびその言葉を説明するために使える単語(Wx-1, Wx-2, Wx-3, •••, Wx-n)と
A. 同じカテゴリーの言葉(Wx’)
B. 同じような使い方ができる言葉(「比喩」(操作Me)として使える言葉:Wx”)
の少なくとも一方がないか確認する。(操作Ma)
※カテゴリー:伝達者と相手ι の共有する言語的背景によって決まるものとする。
操作Maを実行後、
a. YES: 条件を満たす単語(MaWι)がある場合
Step3-α: その単語MaWι を用い、操作Meも実行しつつ、単語Wxについての説明を展開する。(操作Ex)(終了)
b. NO: 条件を満たす単語がない場合
Step3~β: Wx-1〜Wx-nについて操作Maを実行し、単語リストに必要量の単語を「登録」(操作R)し、Step1に戻る。
【簡約版】
Step1: 操作Chあるいは操作Su
Step2: 操作Ma(A, B)
YES→Step3-α: 操作Ex(終了)
NO→Step3-β: 操作R→Step1
Ch: Check Su: Suppose Ma: Match
Me:Metaphor Ex: Explanation R: Register
L: List W: Word
このような手順が使える前提条件として、相手との「対話」が重要になる。ソクラテスが書物を書くことを嫌ったのは、読者との対話は不可能なことが多く、対話の不可能な相手にこのアルゴリズムは使えないということを、彼なりに理解していたためではないかと思う。
また、①はこれまでにどれくらい相手と対話を重ねてきたかという「履歴」とも関わる。
塾で生徒に何かを伝えるとき、この手順を意識している。いや、思い返してみると、自分が誰かに何かを伝えるというとき、自然とこの手順を使っていたように思う。この記事を書くことで、それが一定の手順(アルゴリズム)という形で、ある種の形式を獲得した、そんな感じだ。