集団内の情報伝達コストの効率化について

 【4488字 目安:10分】

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 今週号のジャンプのこち亀が面白い。何が面白いかというと、「集団における情報処理」の興味深いパターンがそこに登場するからである。どういうことか。

 作品の中で、両さんが祭りの運営に関する詳しい知識を元に、迷子になった子供の居場所を効率よく突き止める場面がある。漫画なので状況がわかるように少し手直しをして該当箇所を引用しよう。

両津勘吉(以下「両さん」):たしかにただでさえ150万人集まる三社祭だが…。今日は動けないほど人が多い。(少し前に軽いやりとりを交わした、娘を連れた外国人観光客(以下「父」)を見かけて)おや、さっきの。(父に向かって)どうかしたのか?

父:(両さんの呼びかけに気付いて)あ、さきほどのお巡りさん。娘が迷子になってしまって。

両さん:なに!

父:携帯も私が預っているので…

両さん:この会場で迷子か…。

御堂春(みどうはる。以下「ハル」):呼び出してもらうしかあらへん。

両さん:その手もあるが…うーむ。

父:大きな神輿についていって写真を。

両さん:もしかして白い神輿じゃないか?

父:そうです。

両さん:もしかしたら娘さんの居場所がわかるかもしれん。

父:えっ。

両さん:(近くにいた半纏を着た男性Aを見てつぶやくように)あの半纏は祭の関係者だな。

両さん、半纏を着た男Aを呼び止めて)朱引き見せてくれるか。

半纏を着た男A:(呼びかけに応じて)朱引きですか!

ハル:(両さんに尋ねて)それなんやねん。

両さん:神輿の順路図だ。白い帯を巻いたのは………浅草神社の宮神輿だ。宮神輿は『一ノ宮』『二ノ宮』『三ノ宮』と三基ある。宮神輿は地区で交代して担ぐから順路や時間が決まっている。15分前にここを通過したのは『三ノ宮神輿』だ。

両さん、半纏を着た男Aに向かって)無線(ルビ:ハンディトーキー)貸してくれるか。

半纏を着た男A:はいどうぞ。

ーーーー三ノ宮神輿をかつぐ人々の場面に変わるーーーー

無線の音:ピピッ

半纏を着た別の男B:(無線をとって)えっ両さんか。なんでこの無線に!

両さん:(無線を通じて)周りに女の子がついてきていないか?

半纏を着た男B:(無線で話しつつ、近くにいる迷子の女の子を見つけて)12才くらいの?カメラを持った金髪の外国人。いた!

(女の子に話しかけて)お嬢さん、もしかしてメアリーさん?

メアリー:はい。

半纏を着た男B:よかった。お父さんが探しているって。

(再び無線をとって)両さんいたぞ。浅草ビューホテルの前にいる。

ーーーー両さんたちのいる場面に変わるーーーー

両さん:見つかったぞ。

父:よかった!

ーーーー娘と対面する場面にかわるーーーー

父:メアリー心配したよ。

メアリー:パパ!

両さん:(ハルに向かって)宮神輿は付き人が無線で絶えず連絡を取り合っているんだ!大切な神輿だからな。

ハル:いろいろよー知っとるなー。

週刊少年ジャンプNo.24 2015年5月25日特大号304〜308ページより)

  以外と長かった…。そしてなんだか戯曲やドラマの台本のような体裁になってしまったが(笑)、以上のようなやりとりが交わされる。

 ポイントをまとめると、両さんが祭りの運営の裏事情に通じていて、「150万人を超える参加者が集まる祭りの会場の中から、一人の迷子の子供を探す」という問題に対して、最も効率的と思われる方法を素早く思いつき、必要な人間とやりとりをしながら、短時間で迷子の女の子を見つけ出すということだ。

 ある問題に対処するとき、今回の作品における両さんのように「システム全体を把握していて、それでいてシステムには所属していない外部の人間」(或いは「どことどこがどう関係しているのか」を把握している外部の人間)が、システム内部の人間と関わって問題に対処するということは、普通はあまり例がないことだろう。そしてまた、これも重要なことであるが、問題の現場にそういう人間が居合わせるということも稀だろう。

 ちょっと込み入った書き方をしているので、少し問題を腑分けしよう。

A:システム全体を把握している人間が現場に必要か

B:そのような人物がシステム内部にいる場合と外部にいる場合ではどう違うのか

の2つに分け、この記事では以下Aについて考えることにする。

A:システム全体を把握している人間が現場に必要か

 現実の場合で考えよう。企業であれば、システムの内部にいるが現場にはいないトップの人間が「全体に関する要約済みの部分的な情報」を元に、システムに関して生じる様々な問題に対処する。もちろんトップが対処する問題は、システムの存続や成長の点で重要性・優先順位の高いもの、システム全体にかかわる大局的なものがほとんどで、システムの一部で生じた局所的な問題(それぞれの現場で起きる問題といってもいい)のほとんどは、その場にいる局所的なメンバーどうしのやりとりを通じて対処される。だから企業においては、「システム全体がどう機能するか」を把握している人間が、問題の現場に居合わせるということはほとんどない。

 そしてそういうこととはまた別に、「全体に関する要約済みの部分的な情報」は、現場から何人もの「仲介者」(係長、課長、部長、専務、常務、取締役など)を通してトップのもとに上がってくるという事情も絡んでくる。そこには「伝言ゲーム」が生まれるわけで、情報は伝達される途中で内容が書きかわる可能性もある。(これを「付随的要因p」としよう)もちろん下から上まで内容が一切変わらない場合もありうる。

 「祭り」くらいならシステム全体を把握することは容易いが、もっと多くの人間が関わる大規模なシステムではどうか。システム全体を把握している人間はいるにはいるかもしれないが、現場にはいない。だから今回の「こち亀」のように、迅速に対応することはほとんど不可能で、システム全体を知っていないと対処できない問題が生じると、「伝言ゲームでまずは上まで情報を伝える」という手続きがシステム自体の構造上、どうしても必要になる。そしてここに、「情報の内容改変のリスク」が常につきまとうことになる。現実にはどの企業もおおむねこのようにして運営されている。

コストの視点を導入する

 ここに経済学的な視点を導入しよう。コストを比較するのである。つまり歴史的に見て、「システム全体を把握している人間」をシステム全体(例えば全国の支部や支社)にバランス良く配置するコスト(とても寒いがあえて両さん量産コスト」としよう)と、情報の内容改変によって生じる、問題解決への余計なコスト(こちらは素直に「誤解コスト」とする)とを比べたときに、

 

両さん量産コスト>誤解コストY

 

という不等式が成り立つと多くの人間が判断してきた、或いは「計算するとそうなった」ということなのかもしれない。これを世間一般での表現に言い換えるならば、「社員一人ひとりは組織全体のことなんて考える必要はないし、またそれは不可能だ」というふうになるだろうか。こちらはよく目にする表現だ。昔からずっとある表現でもある。こんな風に言い換えてみると、今回の「こち亀」における両さんの対処というのは、組織における一般的な対処法とは正反対の前提に立つものだということがわかる。

 私は以前からこの問題について、ひとつの直観を持ち続けている。

それは、「システム全体に関する知識を必要とする問題」(これを仮に「集団による情報処理の問題系φ」とする)においては、システムの構成員のうち、現場の問題に対処するために細分化されたローカルなグループにおいて、少なくとも一人は、システム全体について把握している状態で対処する(これを「解法S(φ)ー1」と呼ぶ)方が、一部の人間だけがシステム全体を把握し、伝言ゲームという手続きを通じて対処する場合(これを「解法S(φ)ー2」と呼ぶ)よりも遥かに効率的ではないか」というものだ。それは「集団による情報処理」という問題に対するよりよい解法についてのひとつの直観と言い換えてもいい。先ほどのコストの話で考えるならば、不等式は実は逆向きで、

 

両さん量産コスト<誤解コスト

 

なのではないかということでもある。全員ではなくても、ローカルなグループのリーダーくらいなら、システム全体がどう機能しているのかに関する情報を知ることはそれほど難しくはないだろう。現場で起きたある問題が、システム全体を見渡せなければ対処できないというとき、俯瞰の立ち位置で、システム内部のどこで誰が何をしていて、それが現場とどう関係しているかということを予め複数の構成員が把握しておく、ということだ。

 このようなシステムを便宜的に「俯瞰者遍在システム」と呼び、反対に一般的な企業のようなシステムの方を「標準企業システム」*1と呼ぶことにする。問題系φに対して、前者をもとに対処する場合は解法S(φ)ー1、後者をもとに対処する場合は解法S(φ)ー2がそれぞれ解法として対応する。現場で起きる、それでいてシステム全体のことを知らなければ、効率の良い対応は難しいような問題については、私は「俯瞰者遍在システム」の方がシステムの形態としてベターではないかと考える。

 

 長々と理屈っぽく書いてきたが、端的に言えば両さんいいねえ〜」ということになる。笑

 

 

*1:ちなみに、ローカルな問題に対し、ローカルなメンバーは全体を参照せず単純な処理のみを実行するだけなのに、システム全体として効率的に対処することが可能になるというシステムもいくつかある。

 先日記事で書いたTCP/IPにおける「ルーター」はまさにこのようなシステムで、それぞれのルーターはインターネットという広大なネットワークの全体については把握していないが、自分の近接のルーターの情報については「井戸端会議」のように互いにやりとりをして情報を集め、対処する。それでインターネット全体はちゃんと機能する。そしてそれが効率的ですらあるのだ。

 イワシの群れも同様で、一匹一匹のイワシは難しいことは考えず、自分のすぐ近くのイワシの動きに合わせて進む方向を変えるだけ、というごくシンプルなシステムだが、これで大きな敵から効果的に群れを守ることに成功している。もちろん若干の犠牲を払う場合はあるが、群れ全体としてはうまく外的脅威に対処できており、それは群れのレベルでイワシの生存確率を高めることに貢献しているシステムであるということができる。

 あるいはアリが群れ(しばしば「コロニー」と呼ばれる)で餌を探す場合にも同様のシステムが見られる。アリの場合は餌のある場所を示す手掛かりとしてフェロモンを利用するが、一匹一匹のアリはすぐ近くの状況しか把握していないが、コロニー全体としては餌のある場所により多くのアリを送り込むように機能しており、効率的な餌の探索してむとして機能している。この問題は「アントコロニー最適化」(ant colony optimization)と呼ばれ、ひとつの問題系をなしており、人工知能やエージェントベースのシミュレーションの分野でしばしば用いられる標準的な手法である。