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鎌倉時代の公務員(御家人)たちのモチベーション

27歳 仕事 内省 東京 歴史 経済学

 塾講師の仕事柄、参考書*1で日本史の勉強をしていたら、鎌倉時代(特に元寇の後)から室町時代にかけての御家人は貧しくて大変だったということが書かれていた。最近「モチベーション」という言葉の使われ方がおかしいと思っていたこともあって、この言葉に敏感になっている。そんな中でこの『超速日本史』*2を読んだせいか、鎌倉時代の御家人たちの仕事はどんなモチベーションによって成り立っていたんだろうということが気になった。

 元寇が起こった辺りからの鎌倉幕府の御家人たちの暮らしぶりをみると、「公務員は安泰だから」と多くの人間が公務員を目指す今とは随分違うことがわかる。当時はあまりに大変だったので、鎌倉幕府が滅んだ(1333年)後に即位した後醍醐天皇が、建武の新政永仁の徳政令を出し、御家人の借金を帳消しにすることを発表したほどだ。

 どうして御家人が貧しくなったかといえば、元寇のときの食費や生活費が全部自費出費で、幕府からいくらかの補助金が支給されるという様なことはなく、しかも元寇では「神風」(という名の台風)のおかげで助かっただけだから、御家人たちの成果ではないということで、元寇の後に幕府から恩賞が与えられるということもなかったからだ。これでは自費出費分だけ損をしただけだから、貧しくなるのは当然だ。

 しかも永仁の徳政令では、借金帳消しで御家人を救おうとしたところが、自分がこれから貸す金も帳消しにされるんじゃないかという金貸しの側の不信を買い、御家人は金が借りられなくなって却って更に貧しくなるという皮肉な結果に終わっている。

 当時の幕府の徴税能力(ability)は、徴税機構(system)を考えればそれほど高くはなかっただろうと推察される。そもそも、徴税の基盤である土地の所有関係が、武家の側にあるのか公家や貴族の側にあるのかもはっきりしないような状態で、地方には武家の側から「守護」、公家の側からは「国司」という形で人が置かれ、各地にはそれぞれトップが二人いるという不思議な状況も重なって、幕府へ入ってくる税収はそれほど多くなかったと思われる。

 また税収の基本が「土地」(から取れる農産物)であって「お金」ではないということもある。土地からとれたものを税金として支払うというのは、租庸調の導入を行った飛鳥時代にまで遡り、この辺のことが「日本は農業の国」だとか「日本は百姓の国」というようなイメージを現代に至るまで残り続けていることの要因にもなっているように思える。

 後醍醐天皇の失策はいくつかあるけれども、御家人の反感を買った要因には当時の給与が十分な水準ではなかったということが大きいのでは無いかと思ったりもする。

 少し前にダニエル・ピンクの『モチベーション3.0』*3の文庫版が出たので、買って読んだ。人類はこれまでに二つのモチベーションの変化を経験しているという。まだ人類が登場したばかりの頃には生存本能というモチベーション(モチベーション1.0)が基本であって、やがて社会が発展してくるとアメとムチの「アメ」、つまり様々な形の「ほうび」がモチベーション(モチベーション2.0)になったとピンクは述べる。そして著作の中では、これからはモチベーション3.0、つまり個々人の内発的な動機付けによって組織が動いていく時代だという風に論が進んでいく。既にそういうモチベーションによって社員が動いている企業はいくらでもあるといって、色々な企業が例に出てくる。

 室町時代の公務員たる御家人たちは、どんなモチベーションによって動いていたのだろうか。鎌倉時代のシステムは、土地をほうびとして利用した「モチベーション2.0」的なシステムだった。将軍が御家人に土地(本領安堵新恩給与)を与える代わりに、御家人は忠誠を誓って仕事(京都大番役、鎌倉番役、軍役)をする。この御恩と奉公の関係は「モチベーション2.0」的システムのわかりやすい例だ。その鎌倉時代の後半に、武家の法律として御成敗式目が出ているが、これはおそらく、御家人それぞれの内面に刻み込まれた「規範」(moral)、或いは「規律」(discipline)というようなものではなく、あくまで外から与えられる「ルール」という位置付けで捉えた方がいいのだろう。

 室町時代になって観応の擾乱が起こったが、その頃に守護の権限が拡大した。荘園や公領でとれた米の半分を守護たちに軍事費として与えるという半済令が出ている。これは守護の権限の拡大につながり、このころから守護は「守護大名」と呼ばれるようになる。単に土地を与えられるだけでなく、裁量も増えたら、当時の守護に限らずたいていの人は満足するだろう。

 武家の人間の間で、内発的な規範意識が生まれ、それが継承されるようになるのは、まだ先の話だ。この時代にはまだ、「武士道」は十分に浸透していない。内発的な規範意識をもたない人間を管理していくには、ほうびを与えるのが一番だというのが、日本に限らずヨーロッパでもアジアでも歴史でよく見る方法である。

 さて、それでは今の日本の公務員はどういうモチベーションで動いているのだろう。もちろん個人によって様々だろうし、真面目に働いている公務員の方々を悪く言うつもりは毛頭無いけれども、大学時代の観察では、安泰だからという理由で公務員を目指す人間は少なくなかったというのが正直なところだ。そして、それは公務員志望の人間に限らず、大企業志望の人間にも同様に当てはまるように思われた。

 私は今はもう大学にいないから、就活生の様子がわからないけれども、大企業に安定を求める人間は今でも少なくないだろうと思う。私自身もまたそういう人々とそれほど違っていない。大学院への進学を諦め、就職しようと決意した時、既に社会人として数年働き、稼いできた人たちに大きく遅れをとり、貯金もない現在の我が身を振り返り、少しでも給料の高いところに就職しなければこれからの生活設計ができないと考えた。

 それでは、今の日本人はモチベーション2.0で動いている人間ばかりで、日本経済はお先真っ暗かといえば、案外そうでもないのではないかと思う面もある。日本は残業が多く、先進国の中でも労働時間が長い国としてしばしば否定的に語られるが、残業をしている人々の中には、給料云々でなく、純粋に仕事が楽しいからという理由でたくさんの時間働いているという人間もいるのではないかと思うからだ。

 もちろんみんながみんなそういう人間だろうと想定するのは無理があるし、競争環境を考えれば労働の生産性を高めることは理想でも机上の空論でもなく、経済を立て直すための必須要件だ。けれども、モチベーション3.0(内発的なモチベーション)ということを考える時には、あるいは私たちが鎌倉室町時代の公務員たちの姿から何かを学び、数百年分ちゃんと前に進んだと思うのであれば、現在の日本の労働環境に関する幾多の俗説を一旦脇において、「曇りなき眼(まなこ)」*4で事態を観察することがよいのだろうと、そんなことを思った。

 

 

 

武士道 (PHP文庫)

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「全世界史」講義 I古代・中世編: 教養に効く!人類5000年史

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「全世界史」講義 II近世・近現代編:教養に効く! 人類5000年史

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*1:

超速!最新日本史の流れ―原始から大政奉還まで、2時間で流れをつかむ! (大学受験合格請負シリーズ―超速TACTICS)

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*2:最近出た出口治明さんの『「全世界史」講義Ⅰ古代・中世編・Ⅱ近現代編:教養に効く!人類5000年史』の日本史版という感じの本で、とても読みやすい。大学受験に目的を限定して読むのはもったいなく、社会人になった後に日本の歴史を学びなおす目的でも十分に使える一冊だと思う。

*3:

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)
 

 

*4:映画『もののけ姫』でのアシタカの言葉。もののけ姫の舞台は室町時代の日本がモデルになっているとされる。