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「人間は変わらないさ」とアルゴリズムは考える

26歳 コミュニケーション テクノロジー 倫理学 哲学 学問 情報科学 日常 東京 歴史

Feedlyで購読しているTechCrunchのサイトで「Past Behavior Does Not Determine Future Purchase」というタイトルの記事を見つけた。*1

  タイトルを意訳風に訳すと「ネット上での過去の行動によって、これから買うものは決まったりしないよ」というところ。最近ネット上の広告表示ではやりの行動ターゲティング」(behavioral targetingについて、そもそも「過去の行動が未来の行動を決定する」という前提がおかしいとツッコミを入れつつ話が進んでいく。

記事の要旨

 オンラインショッピングで靴を買ったら、その後しばらくの間、自分が見るほとんどあらゆるウェブページ上で靴に関する広告がわんさか表示され、自分のFacebookの友達はどんな靴を買っただの、どんな靴に「いいね!」を押しただの、どんな靴をシェアしただのという情報がタイムラインに入り込んできて鬱陶しいよね、という具体例から記事は始まる。

 そして行動ターゲティングで重要視される4種類の情報、すなわち

User Behavior(ユーザーの行動)…ユーザーが過去に何をクリックし、検索し、どのページを見てどのアイテムを見たかに関する情報

Social Eventソーシャルメディア上の行動)…ユーザーがソーシャルメディア上で過去に何に「いいね!」や「シェア」やコメントやオススメをしたかに関する情報

Item Details(商品に関する詳細)…これはユーザーでなく、ウェブ上でユーザーに推薦した商品に関する情報。商品の名前、カテゴリー、価格、商品説明など

Contextual Information(文脈に関する情報)…日付、天気、どの端末で見たか、位置情報、参照URL、検索クエリなどの情報

のような情報が協調フィルタリング*2コンテンツベースフィルタリング*3にどのように使われていくのかがおおまかに説明される。

 そして行動ターゲティングの重要な前提である「過去のユーザーの行動はこれからの行動を決める」という認識に批判が加えられ、それよりもユーザーの「マインドセット」「オススメに対する影響のされやすさ」*4に注目すべきだと述べる。

ここから考察

 先日アルバイト先の塾で「Yoox」(ユークス*5

という洋服をネットで買えるサイトを同僚から教わったのだが、そのサイトを見た後から、自分の見るページのほとんどでYoox上のバーゲン製品の広告が表示されるようになってうんざりしている。いや、だから自分が見たい時にサイトを見るから、サイトを見てない時まで宣伝するのはやめてくれよ、と。

 

 アルゴリズムだからまだしも、現実にこんな店員がいたら鬱陶しいとしか思わない。店にいないときまでついてきて、「うちのショップの商品どうですか?今なら20%オフですよ?」というわけだ。横断歩道で立ち止まっている時、自宅でのんびりしている時、電車内で本が読めないでつり革につかまっている時、ちょっとした空き時間、そういう時間に私はスマホでウェブにアクセスする。もしそういうときに横に店員がいて、しきりに商品をオススメするのをなんとか聞かないようにしながら自分の読みたいウェブページに集中しなくちゃならないとしたら、これはもうちょっとした拷問だ。もしかしたらそれが原因で、結局その店でものを買うのをやめることもあるかもしれない。いや、きっとそういう場合もあるだろう。

アルゴリズムの背後に潜む人間観

 人間は、過去にとった行動に影響されて未来の行動を決める。広告表示や推薦システムで使われるアルゴリズムの多くは、というかFacebookAmazonなど、私たちが日常的に利用しているサービスで使われているアルゴリズムはこういう価値観に基づいて今も動き続けている。これは数学的に表現するならマルチンゲール的な価値観だ。つまり過去の行動に関する情報だけをもとに、未来の行動が決まる。

 ここでアルゴリズム自体を批判してもしょうがない。ある問題について、人間がそれをどういう風に処理したいかをもとにしてアルゴリズムが決まるのだから、結局は「アルゴリズムを作る人、それを使ってサービスを作る人はどう考えているのか」ということを考えなければならない。つまりAmazonFacebookという企業は人間の行動についてどのように考えているのか」ということを問題にした方がいいのだろう。こうした企業はインターネットというインフラの上で世界中でサービスを展開しているが、そのサービスを動かすアルゴリズムは単一だ。そこには一企業としてのAmazonFacebookが人間をどのように捉えるかということが当然反映されている。

 アルゴリズムを問題にする記事のほとんどは、数学的にどういう変更を加えれば効率的かという議論や、アルゴリズムによって社会が動かされてしまうことに対するナイーブな恐怖を叫ぶものに終始しがちだ。

 前者であれば、たとえば先日MIT Newsで発表されていた「切除平面法」(cutting-plane method)の新しいアルゴリズムの発見に関する記事*6がある。

 後者に関しては、パッと思いつく範切除平面法がどんなものか、私は知らないが、この記事を読むと、最適化問題に関する効率が向上する新しいアルゴリズムだということは読み取れる。開発者の一人のYin-Tat Leeはこんな風に語る。

"What we are trying to do is revive people’s interest in the general problem the algorithm solves."

(私たちがやろうとしていることは、一般的な問題における人々の関心を蘇らせることです)

"Previously, people needed to devise different algorithms for each problem, and then they needed to optimize them for a long time. Now we are saying, if for many problems, you have one algorithm, then, in practice, we can try to optimize over one algorithm instead of many algorithms, and we may have a better chance to get faster algorithms for many problems."

(従来は、人々はそれぞれの問題に対して異なるアルゴリズムを工夫する必要があり、そしてそのとき、採用したアルゴリズムを長期にわたって最適化する必要もありました。今や、多くの問題について、ひとつのアルゴリズムがあればいい。そしてその実践にあたって、多くのアルゴリズムの代わりに一つのアルゴリズムを最適化することを目指せばいい。そして我々は多くの問題について、より早いアルゴリズムを得られる機会を得られるかもしれません。)

 

アルゴリズムが社会にもたらす影響について語る後者については、パッと思いつく限りでも参考になる2つの動画がある。一つ目はケヴィン・スラヴィンのTEDにおけるスピーチ。*7

 二つ目は、人工知能が実行するアルゴリズムによって、人間の社会に害がもたらされるのではないかという不安を示す宮台真司さんのマル激トークオンデマンドの動画がある。こちらの動画では、対談のゲストとして松尾豊さんが登場し、人工知能研究の変遷が前半で紹介され、後半で人工知能が今後どういう風に社会と関わっていくのかという話に進むという順序で番組は展開される。松尾さんは人工知能が人類社会を脅かす存在になるのではないかという懸念に対しては懐疑的な立場をとる。征服欲のようなものを人工知能に埋め込めばあるいは可能かもしれないが、そういうことをする動機が人間にあるか、仮にあったとして、誰にも見つからずにそんなことをやってのけることは困難だろう、と。*8

 あくまでもそれを使うのは人間なのだから、「人間をどう捉えるか」ということを常に考慮に入れなければならないだろう。すべてのアルゴリズムの背後に人間観が潜んでいるとまでは言わないが、人間を扱うアルゴリズムであれば、そこには人間をどう評価するかという形で人間観が関わってくる。

 近頃は人文系の学部に対する世間の風当たりが強くなっているようなところがあるが、どんなアルゴリズムにすれば多くの人々にとって便利かということを考えるにあたって、人文系の学問でこれまで蓄積されてきた「人間観」というのは、よりよい*9

 シェイクスピアモームドストエフスキー、なんなら東野圭吾池井戸潤といった現代の作家も含め、世界中の様々な作家たちがこれまでに描いた人間たちは、現代に生きる人間たちにも多かれ少なれ共通するところがあるのではないか。これまでであれば、読書などを通じてそういう人間観に触れ、「ただ参考にするだけ」という活用法だったが、今は違う。それは本当に正しいかということをデータを使って検証できるようになってきた。作家たちの描いた人間たちは、現在生きている人間に対しても当てはまるのかをデータマイニングで検証し、当てはまるならそれをもとに新しいアルゴリズムを考える、ということだってできるようになってきている。

 文学専攻の学生とコンピュータ科学専攻の学生がどんどん議論できるようになると、これまでのようにコンピュータ科学専攻の人間だけで議論するよりも面白いアルゴリズムが生まれるのではないか。もちろんそれは文学に限らず、絵画や映画、音楽といった芸術作品の鑑賞を通じて形成された人間観でもいいだろう。大事なのは「人間をどう捉えるか」ということは多様な経験から影響を受けるということだ。そしてそこには文学や思想、哲学、芸術など、近年軽視されがちなところのある人文系の学問が蓄積してきた厖大な知の体系も当然含まれる。

 

 「人間は変わらないさ」という人間観を反映したアルゴリズムだけでなく「人間は変えられる」という人間観を反映したアルゴリズムなんかも出てきていいのではないか。私はすでにその実例を一つ知っている。東京大学が開発した「WillDo」というアプリで、これはユーザーのリアルタイムの行動データをユーザー自身にフィードバックすることで、生活パターンの改善を促すアプリだ。*10

 これは面白いと思い、記事を読んで早速インストールして数日使ってみた。残念ながら使いづらいので一昨日くらいに使うのをやめてしまったが、発想自体はとても面白いと今でも思っている。今後もこういうサービスが出てきて、アルゴリズムの託宣を受けた鬱陶しいだけの広告やおすすめ情報の洪水を駆逐して欲しいと思う。

*1:

techcrunch.com

*2:あるユーザーの過去の行動履歴(何を検索したか、なにに「いいね!」したかといった、①や②に関する情報)を、似たような他のユーザーの行動履歴と比較して、厖大な商品の中からオススメする商品だけを選んでリストを作るフィルタリング手法

*3:ユーザーが過去に興味を示したり実際に購入したりした商品に関する情報をもとに、それと同じカテゴリーの商品をオススメするフィルタリング手法

*4:記事ではこれを「Suggestibility」と言っている。日本語でこれにうまく対応するような言葉が見つからない…。「流されやすさ」が近いような気もするが、それだとちょっとネガティブなイメージを加えてしまう。

*5:ちなみにYooxのサイトはこちら。GILTに近い感じで、それでいてGILTとブランドがかぶっていないから、私は両方使おうと思っている。

www.yoox.com

*6:

news.mit.edu

*7:

www.ted.com 

*8:

www.youtube.com

www.youtube.com

*9:ここでいう「よい」というのは、アルゴリズム自体の「効率性」ではなくて、それを利用する人間にとって「より便利である」という意味だ。

*10:WIRED誌で紹介記事がある。

wired.jp