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働き方改革もインフレターゲットもマイナス金利も意味ないんじゃないか

と思っている。問題はむしろ一部の人間がもっている莫大な資産*1が消費でなく銀行預金に回され、しかし預金に回されたところで消費の当てがなければその預金が融資につながることもなく、それでも銀行はやっていかなければならないので日本やアメリカの国債を買うくらいしかなくなっている。日本やアメリカの国債を買ってそれぞれの政府の財政を維持なり改善なりしたところで、消費が増えなければ意味がない。

 ではどうするか。政府による再配分、あるいはせめて、一部の裕福な人間たちにもっと消費してもらうしかない。それはもう、とんでもなく豪勢に使ってもらうしかない。そうでないとお金が回っていかない。貨幣の流動性はいつまでも低いままだ。不動産は文字通り不動の資産になってしまっている。マイホーム幻想は広がるばかりだ。

 大学にいた頃、マクロ経済学の授業では経済を短期と長期で分けて考え、短期では需要(消費)が、長期では供給(投資)がそれぞれ重要であるということを教わった。「供給はそれ自体が需要を作り出す」というセイ法則は長期に当てはまる法則として説明される。古典派もそれを数学的により精緻に体系化した新古典派も、基本的には長期を軸に経済の変動を考えている。これに対して、公共事業の拡大やそのための増税の正当化に用いられるケインズ主義は短期を軸に考えている。

 そして消費を喚起するためにインフレ率を操作するインフレターゲットは、消費をするための原資を持つ消費者が十分な数いれば成り立つが、給料が上がる前に消費を喚起されても消費は伸びない。大多数の人間は消費しようにもそんな余分などそもそも持ち合わせてはいない。そんな余分があるごく一部の人間が消費しなければ意味がない。そしてそういう消費のゆとりがない人間の残業がなくなったりインフレになったりすることが、消費を一気に増やす効果をもつとも思えない。

 あるい銀行にマイナス金利を設定してもっと積極的な融資を促したところで意味はない。買いたくても買えない人だらけなのだ。家も車も、旅行も、もっと小規模の色々なものですら。家なら豪邸を10軒以上、車なら100台以上買え、旅行も一生できるような資産をもっているごく一部の人間が、当然家は多くても数軒、車も多くて数台、旅行も年に何度かというくらいしか行かず、余ったお金はどうするかと言えば、当然預金だ。その預金は銀行で融資のための原資になるが、融資先がない。

 高級外車を何台も買ったり、豪邸をいくつも買ったりする成金的な富豪が非難されたりするが、私はむしろそういう人たちはどんどん消費した方がましだと思う。高級外車にしろ豪邸にしろ、消費をすればそれは別の誰かの所得になるのだから。逆に「清貧」を気取ってお金を使わない富豪の方が、哲学としては立派かもしれないが、それが経済にもたらす負の効果を考えると、思慮が浅いのではないかと思ってしまう。グッチやプラダを着ている富豪よりも、ユニクロを着てあとは貯金という富豪の方が、マクロ経済に与える負の効果は大きいのではないか。あるいは別の言い方をすれば、言動が鼻につく若いIT企業社長よりも清貧を説く中高年の大企業社長の方が、困った存在なのではないか。 

 再配分という意味では企業の内部留保を減らして労働者にもっと給料を与えるというのも手だと思う。これは時々目にするが、企業の内部留保が多いのは不景気の原因ではない。むしろ結果なのだという論もあって本当に厄介だと思う。因果関係は逆で、消費の原資として賃金が労働者に配分されないから消費が増加しないままになり、その結果として不景気になるという順序だ。莫大な資産を持っている人間に消費してもらうなり課税を通じた再配分なりを考えた方が効果は大きいと思うが、実現のハードルを考えると企業の内部留保を取り崩すということを何らかの政策を通じて促す方が手をつけやすいかもしれない。

 あるいは富裕層の預金が銀行を通じて別の企業への投資へ回り、その投資はその企業の労働者への賃金として分配されていけば、有効需要は増えるので経済へよい効果を与えるだろう。しかしいくら投資がなされてもそれが人へ配分されなければ、少なくとも短期では意味がない。その意味では、投資一般が悪であるというのではなく、賃金上昇を通じて有効需要を増加させないようなタイプの投資はよくないということになる。

  こういう構造を変えることは難しいから、他の方法として働き方改革なりインフレターゲットなりマイナス金利なりに手をつけているということだと思うが、それらでは構造を変えるほどの効果はないのではないかと私は思う。

 お金持ちが消費せずに投資ばかりするようになった経済は回らない。そういう意味では日本に限らずアメリカも同じではないか。

*1:「一部の富裕層が」ということが話題になると「でも日本は富裕層だと収入の半分は税金で持っていかれるじゃん」ということが指摘されるのを目にするが、半分持っていかれてもなお手元に残る金額が膨大だったらどうなのだろう。日本人はアメリカほど派手にお金を使わないことがまるで美徳のように言われることもあるが、結果論からいえば富裕層はむしろ派手に使った方が経済全体のためではないか。