北朝鮮のミサイル発射について(※一部加筆)

 

 昨日の朝6時頃、北朝鮮からミサイル*1が発射され、12の道県でJアラートが鳴った。東京はこの中には含まれていなかったため、6時頃の私はといえば完全に熟睡状態だった。Twitterやネットでは朝からずっとこの話題で持ちきりであり、私はテレビを持っていないので主にネットでの情報収集を始めた。すると案の定というか通常運転というか、この件にかこつけて政権批判を展開する言説がやたらと目についた

 個人的にはこの機会にミサイル防衛の基本を周知するとか、諸外国との連携を踏まえた北朝鮮への対応などについて議論した方が建設的ではないかという気がするのだが、Twitterを見ているとそういうツイートは少なく、上記の通りミサイル発射という事実が特定の人々による政争の具にされてしまっているのが惜しい。「危機管理能力の欠如」とか「日本人は平和ボケ」というような指摘も多かったが、本当にそう思うなら具体的にミサイル防衛について解説したページを紹介する方がよほど建設的ではないだろうか。「危機意識が足りない」という指摘自体が解決に資するとは、私には思えない。

私が辿った過程

 私は特に軍事アナリストでも軍事オタクでもないので、日本のミサイル防衛については何も知らない状態だった。だから「危機意識が低い」と言われれば全くその通りというほかない。そこでこの機会にニュース記事や防衛省のホームページ、WIkipedia、ツイート検索などを組み合わせて色々と調べてみた。スタンダード・ミサイル3型SM-3)パトリオットミサイルの一つであるPAC3、警戒管制レーダーのFPS5など、中には初めて見た用語もあったが、一つ一つ記事を読んでいくうちに日本のミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defense)の枠組みが見えてきた。私が目を通したいくつかの記事や資料をここに紹介する。

 私がSM3やPAC3の用語を知ったきっかけになったのはlivedoor NEWSの以下の記事だった。

news.livedoor.com

 この記事を読んだ後、さっそくTwitterでSM3やPAC3という単語を含むツイートを検索してみた。やはり知っている人は知っているもので、たくさんツイートが出てきた。それらにざっと目を通してみたところ、「ミサイル防衛の基本も知らないで何を騒いでるの?」という雰囲気のツイートが多い印象だった。今回の件に限らず、ある程度の知識をもっている人間は何かが起こってもいたずらに騒いだりしないものだ。

 また毎日新聞の次の記事も目にした。

新中距離弾道弾か 通常軌道、3つに分離(毎日新聞):https://mainichi.jp/articles/20170829/k00/00e/010/198000c

 この記事で中距離弾道ミサイル(IRBM)ロフテッド軌道火星12*2火星14複数目標弾道(MIRV)などの用語を知った。これらについてもひとつひとつ順に調べていった。今回発射されたミサイルは水平方向で2700km飛行したので中距離弾道ミサイルに該当し、鉛直方向に高角度で打ち上げるロフテッド軌道ではなかったこと、北朝鮮弾道ミサイルは「火星」と呼ばれていること、途中で3つに分裂したことから複数の目標への攻撃を想定した複数目標弾道の可能性も検討されていることなどを理解した。

 北朝鮮の各種弾道ミサイル(火星シリーズ)については、NTIによる以下の画像をTwitterで見かけた。これはNTIのThe CNS North Korea Missile Test Database*3から取られたもので、縦軸は高度、横軸は水平距離を表し、「Hwasong」とあるのが日本語で「火星」と呼ばれている北朝鮮弾道ミサイルをさす。興味深いのは今回発射されたミサイルの飛距離が2700kmで、図中3000km〜3500kmの間に位置するグアムと近いということである。やはりというべきか、北朝鮮朝鮮中央通信(KCNA)は発射の翌日である今日(8月30日)、「次はグアムを標的とする」という趣旨の声明を出していることがCNNの記事で報じられている。

f:id:plousia-philodoxee:20170830204949j:plain

CNNの記事:

www.cnn.co.jp

CNNの記事から該当する箇所のみ引用しておこう。

 北朝鮮朝鮮中央通信(KCNA)は30日、日本上空を通過した中距離弾道ミサイル「火星(ファソン)12」の発射実験について、「太平洋における軍事作戦の第1歩であり、グアム封じ込めに向けた有意義な序章」だったと伝えた。(※太字は筆者による)

日本のミサイル防衛

大まかな流れ

 大雑把にいえば、敵国からミサイルが発射された場合の対応は以下のような順序を辿る。

①アメリカの早期警戒衛星でミサイルを探知

②日本のイージス艦、レーダー(FPS)でミサイルの軌道を追尾

③SM3を使い、それで打ち落とせなかった場合にはPAC3を使って近距離で迎撃

 ①や②を無視して、PAC3による迎撃が間に合うかどうかを議論するのはナンセンスである。今回のケースでは日本の本土への着弾はないという判断からPAC3もSM3も使われなかった。

 ちなみにミサイル発射とたまたま日付が重なった自衛隊によるPAC3展開の訓練がテレビ朝日の番組で取り上げられたらしく、記者が自衛隊員に対し、「Jアラートが発令されてから数分以内でミサイルが着弾するのではPAC3の展開は間に合わないのではないか」という趣旨の質問をしていて、おそらくこの記者はミサイル防衛に関する①〜③のような基本知識を知らないのだろう。記者としては国民の安全を心配する気持ちからの自然な質問ということなのかもしれないが、はっきり言って勉強不足、取材の準備不足であって、こういう報道が人々の不安を煽るとすれば悪意がないぶん余計にたちが悪いと感じた。

 以下の毎日新聞の記事は上記の①〜③のうち、特に③に焦点を絞って書かれたもので、記述自体に間違いはないが、ミサイル防衛のプロセス全体を知らないまま読むと誤解を招くおそれがあるので注意が必要である。

日本全域を完全防護、極めて困難(毎日新聞):https://mainichi.jp/articles/20170830/k00/00m/030/136000c

ミサイル防衛の詳細

 ミサイル防衛の詳細については、以下の2つの記事が参考になった。

tokyoexpress.info

matome.naver.jp

 またWikipediaのいくつかの記事やFPS5について解説した産経新聞の記事も参考になった。

ミサイル防衛 - Wikipedia

パトリオットミサイル - Wikipedia

イージス弾道ミサイル防衛システム - Wikipedia

www.sankei.com

 そしてこれはけっこう大事だと思うのだが、問題に関係する省庁の公式文書を探した。今回の場合は防衛省なので、こういう事態に対する対処の仕方について、防衛省はどういう方針や枠組みを持っているのかということを確認した。平成20年(2008年)とやや古い資料ではあるものの、ここにミサイル防衛に対する考え方がまとめられている。

http://www.mod.go.jp/j/approach/hyouka/seisaku/results/19/sougou/sankou/02.pdf

タイムライン文化とアーカイブ文化

 またミサイル防衛自体とは直接関係ないことであるが、今回の北朝鮮のミサイル発射に対して、上の2つの記事を読むだけでナンセンスだとわかるような不安を示すツイートが少なくなかった。タイムラインで「今」とか「最新」ばかりを追いかけてばかりいるうちに、少し前の情報を参照しない癖がついているのだとすれば、そのことの方がミサイルよりよほど危機的ではないかと感じる。上の2つの記事はほんの数ヶ月前の記事であるし、もっと遡ればより多くの情報を得ることができる。些細なことかもしれないが、こういうところでもタイムライン文化の悪弊を感じた。過去のアーカイブ化された情報を参照するだけで、無意味な不安は感じずに済む。「タイムラインかアーカイブか」という二者択一でなく、両者をうまく組み合わせながら利用することが望ましいのではないかと考える。

自衛隊法の存在

 また、どうしてPAC3でミサイルを撃ち落とさなかったのかというような趣旨のツイートもけっこう目にした。弾道ミサイルへの対応については自衛隊法で条件が規定されているということを知った。該当箇所を引用しよう。

弾道ミサイル等に対する破壊措置)

第八十二条の三  防衛大臣は、弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であつて航空機以外のものをいう。以下同じ。)が我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域又は公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)の上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる。

2  防衛大臣は、前項に規定するおそれがなくなつたと認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、速やかに、同項の命令を解除しなければならない。

3  防衛大臣は、第一項の場合のほか、事態が急変し同項の内閣総理大臣の承認を得るいとまがなく我が国に向けて弾道ミサイル等が飛来する緊急の場合における我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため、防衛大臣が作成し、内閣総理大臣の承認を受けた緊急対処要領に従い、あらかじめ、自衛隊の部隊に対し、同項の命令をすることができる。この場合において、防衛大臣は、その命令に係る措置をとるべき期間を定めるものとする。

4  前項の緊急対処要領の作成及び内閣総理大臣の承認に関し必要な事項は、政令で定める。

5  内閣総理大臣は、第一項又は第三項の規定による措置がとられたときは、その結果を、速やかに、国会に報告しなければならない。

  特に今回の場合、内閣総理大臣による承認を待っていては対応が間に合わないと思われるため、第3項にある防衛大臣は、第一項の場合のほか、事態が急変し同項の内閣総理大臣の承認を得るいとまがなく我が国に向けて弾道ミサイル等が飛来する緊急の場合における我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため、防衛大臣が作成し、内閣総理大臣の承認を受けた緊急対処要領に従い、あらかじめ、自衛隊の部隊に対し、同項の命令をすることができる。」という規定に従うことになるのだろうと思われる。

 自衛隊法はPAC3やSM3を使わなかった今回の対応の法的な根拠といえるが、一方で経済的な事情もある。日本におけるミサイル防衛の実態としてはこちらも同様に重要である。何しろPAC3やSM3は一発だけで億単位の費用がかかるので、やたらと打ちまくるわけにはいかない。特に経済的な停滞を続けているここ2、30年の日本経済の状況を鑑みれば、迂闊に迎撃ミサイルを発射すると後から国民から批判を浴び、政権が揺らぐ可能性もある。一般に経済の停滞期においては経済的な事情が政治的な事情と結びつきやすく、高くつく対応は控えがちになる。

 そして北朝鮮との関係で言えば、今回発射された中距離弾道ミサイル「火星12号」よりもむしろ準中距離弾道ミサイル「ノドン」(火星7号)の方が日本にとって脅威であり、今からもう20年以上前の1993年5月29日に日本へ向けて初めてノドンが発射された当時からずっと脅威であり続けていることなども知った。

北朝鮮国内の核施設マップ

NTI(Nuclear Threat Initiative)による北朝鮮国内の核施設のマップをツイッターで見かけたので参考までに貼っておこうと思う。

f:id:plousia-philodoxee:20170830203633j:plain

ウラン鉱山、核実験施設、核研究施設・大学、ミサイル発射所の位置がいくつかのマークで国内各地に散らばって示されている。散らばっているというところがポイントで、例えばウラン鉱山なら国内12ヶ所に散在しており、一度に全てを破壊するのが困難ということになる。どこか一箇所が破壊されても他のノードを通じてすぐにネットワークが復旧するようにという目的で設計されたインターネットと同じ発想が伺える。拡散が要ということである。

North Korea Nuclear Facilities Map | Nuclear Threat Initiative (NTI)

私が言いたいこと

…と、日本のミサイル防衛についてあれこれ書いてきたが、私が言いたいことは「日本はちゃんとしたミサイル防衛のシステムがあるから安心」ということではない。そうではなくて、アーカイブを参照するかしないかによって、問題に対する認識は180度変わってくるということである。前回はコラーゲンペプチドの効果について書き、さらにその前には新書とハイパーリンクの関係について書いたが、同じことである。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』になぞらえて言えば、即断即決的な「速い思考」ではなく、時間をかけて丁寧に緻密に考える「遅い思考」が重要ということである。

plousia-philodoxee.hatenablog.com

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*1:中距離弾道ミサイルの火星12とされる。

*2:朝鮮語では「ファソン・シピ」と発音するらしい。ファソンのローマ字表記はHwasong、ハングル表記は「 화성 である。

*3:日本語でもこれを紹介する記事を見つけたのでここにリンクを貼っておく。

internet.watch.impress.co.jp