コラーゲンとコラーゲンペプチド

 

 時代遅れの「常識」をアップデートしないまま素朴に信じ続けることについて、訪問販売員の方とのやりとりを通して私が学んだことについて、自戒を込めてここに書いておこうと思う。

コラーゲンの効果

 先日明治の訪問販売の人が来た。R-1や牛乳、ブルガリアヨーグルト、LG21など、馴染みの商品がカタログに並ぶ中、「明治うるおうコラーゲン」という商品が目に止まった。私はその時点ではコラーゲンの効果を信じておらず、「あの明治がコラーゲン飲料を?」と思い、販売員の方にもコラーゲンに関する自分の知識を元にいろいろ話をした。

 やがてひとしきり話が済み、私はR−1の宅配サービスを契約したのだが、販売員の方が帰ったあと、商品が紹介されているパンフレットのコラーゲン飲料のところに書かれていた「低分子コラーゲン」という用語が気になり、さっそくググってみた。もしかしたらただのコラーゲンとは違い、低分子のコラーゲンなら効果があるということなのではないかと思ったからだ。

 一般に「コラーゲン」と呼ばれるものは経口摂取では体内でアミノ酸に分解されてしまうので、他の食材と違いはないということが知られていて、もはや効果がないことは科学的な常識といっていいレベルだと私は思っていたため、そんなものをあの明治が堂々と売り続けているのもおかしいという思いもあった。商品開発に携わった人たちがとっくに効果の否定されたものを使って商品を作り続けるはずがないと思ったのだ。少し前に「水素水」が話題になったので、もしかしたら企業によっては効果の疑わしいものでも開発して世に出してしまうところもあるのかもしれないが、さすがに明治は違うのではないか、と。

 検索の初めの方で目にしたページはコラーゲンペプチド(低分子に分解されたコラーゲンのこと)の効果について懐疑的に書かれているページが多く、そういうページを読んでいて私は「なんだ、結局低分子でもコラーゲンは効果ないんじゃん」と思った。たとえば明治大学このページではコラーゲンペプチドの効果について懐疑的な立場をとっている。該当箇所を少し引用しよう。まずは一般的なコラーゲンの経口摂取について。

コラーゲンをはじめ、タンパク質を食べると、胃や腸の中で分解され、アミノ酸(もしくはごく短いペプチド)の形で吸収されるのが普通である。アミノ酸は体内の色々な部位に運ばれ、そこでタンパク質として再合成される。つまり、コラーゲンを食べたからといって、それが体の中にそのままの形で運ばれ、機能するということではないのだ

 冒頭で示したコラーゲンに関する私の理解もこれと同じで、「どうせ体内で分解されてバラバラになるんだから意味ないじゃん」と思っていた。私に限らずコラーゲンについてこうした理解をしている人は少なからずいるのではないだろうか。続いて少し長いがコラーゲン一般でなく低分子コラーゲン、つまりペプチドに分解されたコラーゲン(コラーゲンペプチド)の場合はどうかという箇所を引用する。

 次に、コラーゲンペプチド(低分子コラーゲン)言説について説明する。 
 前述のように、高分子であるコラーゲンは消化吸収性が悪いため、体内においてコラーゲンを再合成する役には立たないとの指摘がある。では、コラーゲンをゼラチンに加水分解し、それをさらに酵素分解したコラーゲンペプチド(分子量が少ないということ)であるならば、吸収力も高くなり、体内でのコラーゲン生成にも役立つのではないか、というのがコラーゲンペプチド(低分子コラーゲン)の簡単な理論である。 
 つまり、コラーゲンペプチドの形で経口摂取すれば健康効果が期待できる、といったものである。さらに、体の中に運ばれたコラーゲンペプチドが細胞に対して何らかの「シグナル」を送っており、それが細胞を活性化させているのではないか、といった仮説も現在提案されている(1)。 
 ただし、このコラーゲンペプチドの「シグナル」説などは面白い仮説ではあるが、現在のところ、それをきちんと立証できているとはいえない。 
 コラーゲン言説と比べると、コラーゲンペプチド言説の方が理論的な説明として整っており、また、今はまだ不明瞭なことは多いものの今後の発展性をうかがえるだろう。 
 しかし全体を総括すると、理論面は“推論”の域を出ておらず、秩序だった説明になっていないことがいえる。

 端的にまとめれば、理論的な仮説としてはありうる話だが、立証されていないというのがコラーゲンペプチドの経口摂取による効果に対するこの記事の評価といえる。

 「立証されていない」という表現に私は満足しそうになった。こういう表現はそれ以上の探求を阻む効果のある強い表現だと思う。立証されていないと言われてしまえば、ついつい「それじゃあだめだな」と思ってしまう。そして私はそのまま考えを進めた。販売員は組織の末端であり、科学的な知識が十分とは言えない。そのため必ずしも効果があると実証されたわけではない商品を、そうと知らないまま売らなければならない可能性がある。もし販売員が何かのきっかけでそのことを知った場合、良心の呵責を感じたりするかもしれない。そういう記事を過去に読んだこともあった。私はこういう考えを裏書きするようなことを優先的に思い出してしまっていた。確証バイアス利用可能性ヒューリスティックかもしれない。

アップデートのきっかけを発見

 しかし、そんな風に考えつつも私は検索を続け、「効果がある」という立場のページを探した。するとやがてそれらしいページを見つけた。もし効果があるということであれば、私のコラーゲン理解の一部(低分子コラーゲンに対する理解)はアップデートされることになる。効果があるということの裏付けになりそうな箇所を記事の中からいくつか引用しよう。まずはコラーゲンが体内で消化される場合の特徴について。

 通常、“たんぱく質”は20種類のアミノ酸がつながったもので、それを食べると膵臓から出た消化酵素でバラバラに分解されて、単体のアミノ酸として小腸から吸収され、体の中で作り変えられます。ですので、牛や豚を食べても、体が牛や豚にならずに、ヒトの体の材料として使われます。

 ただ、たんぱく質の中でコラーゲンだけは、ヒトの消化酵素で分解し難く、ジペプチド(アミノ酸が2個くっついたもの)、トリペプチド(同3個)などのペプチドの形で小腸から吸収され、血液中に移行して存在します。

 これらのことがはっきりわかってきたのは、ここ5年くらいのことですので、コラーゲンの専門家でなければご存知ない先生も多いです。最近では、ジペプチドなどで吸収されることが、管理栄養士の国家試験においても出題されるようになりました。(出典:コラーゲンペプチドの機能性研究〜皮膚・関節・骨について〜|コラーゲンの全てがわかる情報サイト|コラーゲンナビ)

  このページの元になった講演会が開催されたのは2015年11月13日なので、引用箇所の中で「ここ5年くらいのこと」と書かれている時期は2010年頃からと考えられる。すると今度はその期間に出た論文の中に、このことを裏付けるものがないかということが気になる。そういう実験について言及している箇所が記事の中にないかなと思いながら読み進めていると気になる箇所があった。少し引用しよう。

食品の「ゼラチン」ゼリー等でもPOなどの活性型コラーゲンペプチドを吸収できますが、「コラーゲンペプチド」のサプリメントとして摂取した方が2倍近く多く吸収でき、吸収の個人差も少ないというデータがあります。

 そうすると今度はこういうことを実験で確かめた論文を探せばよさそうだという方針がたった。引用したこのページの関連リンクの中に「そうだったんだ!コラーゲン!!〜コラーゲンが効くメカニズム解明〜」と題されたページを見つけたので、論文を探す参考になりそうだと思い、まずはそのページへ飛んだ。すると記事の中でいくつかの論文に言及している箇所を見つけた。少し長いが引用しよう。

 かなり以前から、肌や関節の状態が改善されるとのエピソードがありました。近年では、その体感性の高さからコラーゲン市場は拡大しています。国民レベルでは、コラーゲンが肌に良いのは合意事項になっています。かたや、アカデミアでは、今は変わってきましたが、「そんなことあるはずがない」、「プラセボ効果に決まっている」との批判が続いていました。

 批判があったのは当然のことで、従来の栄養学では、タンパク質・ペプチドを食べると、胃、小腸で、アミノ酸と小さなペプチドに分解され、アミノ酸が2個、3個つながったペプチドの形で小腸が吸収することはあるが、血中に移行した時点でアミノ酸まで分解されてしまう、ということが常識でした。

 つまり、コラーゲンペプチドを食べても、アミノ酸が吸収されるだけ。ヒドロキシプロリンは再利用されない(体内のタンパク質合成には不要)。コラーゲンの他の主なアミン酸であるグリシン、アラニン、プロリン、グルタミン、アスパラギンは、ブドウ糖から合成可能。これらから、コラーゲンペプチド食べなくても、タンパク質は合成される。と言われていました。

 それに対して、コラーゲンペプチドの研究が進んできて、2009年には、プラセボを用いた二重盲検試験(本人にわからないように偽薬とコラーゲンペプチドを食べてもらう群を分けて測る)において、1日5gのコラーゲンペプチドを4週間摂取することで、30歳以上の被験者では、肌の角質水分量の上昇が認められました(大原ら 日本食品科学工学会誌 56, 137-145, 2009)。

 2014年の直近の発表では、同様のきちんとした試験において、1日2.5g、あるいは、5gのコラーゲンペプチドを4週間摂取することで、50歳以上の被験者では、肌の弾力が20%以上上昇することが認められ、また、1日5gを4週間摂取することで、45歳〜65歳の被験者の肌のシワ容積が減ることが確認できました。その際、被験者の肌の組織を取って調べたところ、コラーゲンやエラスチンなど、肌のタンパク質の合成が促進されていることもわかりました(Skin Pharmacol Physiol 2014;27:47–55)。

(出典:そうだったんだ!コラーゲン!!〜コラーゲンが効くメカニズム解明〜|コラーゲンの全てがわかる情報サイト|コラーゲンナビ)

  論文執筆者の名前や発表年など、論文に関する情報がより具体的に示されていたので、これらの情報を手がかりとしてGoogle Scholarで検索してみたらすぐに見つかった。引用中「大原ら日本食品科学工学会誌 56, 137-145, 2009」と書かれた論文がこれで、「Skin Pharmacol Physiol 2014;27:47–55」と書かれた論文(英語)がこれである。

 つまり、初めに引用した明治大学のページを含めたいくつかのページの執筆者はは2009年の大原らによる論文やその後2014年に出たE. Prokschらの論文を知らない可能性がある。つまり知識がアップデートされていない、と。もっとも私自身もそれは同様で、こうして時間をかけてコラーゲンペプチドの効能についてググらなければ、私の中のコラーゲンに対する知識はアップデートされないままだったかもしれない。つまり訪問販売員の方は商品の効果について心配する必要もなく、自信をもって売ればいいということだったのだ。玄関口でアップデートを怠った中途半端な知識をもとに「でもコラーゲンって経口摂取だと効果ないですよね」などと知ったかぶりのようなツッコミをした私が間違っていたのだ。全くもって情けない話である。訪問販売員の方になんとかして電話でこのことを伝えようかとまで思ったが、結局電話はかけなかった。もしもまたその方に会う機会があったら、そのときに伝えようと思っている。

反証可能性とアップデート

 今回はたまたま気付いたからよかったようなものの、私が今頭の中に抱えたまま、アップデートされずにいるあれやこれやの知識の中に、現在では評価が180度変わってしまったものも含まれているかもしれない。それら全てを無事にアップデートできればいいが、アップデートする前にその知識を訳知り顔で他人に開陳し、相手も相手でそれについて特に詳しいわけでもないから素朴に信じてしまったりするかもしれない。いや、これまでの経験上、そういうことは何度もあった。なまじ「色々なことを知っている」と思われるばっかりに、相手も簡単に信じてしまったりして、科学的知識の前提である反証可能性(falsifiability)が担保されない環境で知識が広まってしまう。アップデートのためのなにかいい方法を考えなければと思った。

ハイパーリンク島宇宙

 これはあくまで推測だが、たとえばコラーゲンペプチドをコラーゲンと区別せず、上に紹介した大学の研究所のような権威のありそうなページが効果がないことの「根拠」とされているページが少なくないとしたら、それを読む多くの人々はいちいち自分で反証を探したりせず、「まぁ大学の研究所がそう言ってるんだから正しいに決まってる」と結論づけてしまうかもしれない。つまり「効果あり」ということを解説したページとの間にリンクが存在せず、効果なしと解説されたページ同士のつながりだけで完結して閉じてしまっているとしたら。

 情報社会論の文脈では、しばしば政治的な問題に対する立場をめぐってインターネット上に複数の「島宇宙」ができてしまっていることを指摘する議論を何度も目にした。アメリカでは国民どうしの分断が問題になっているが、ネット上でも分断は起こっている。

 ハイパーリンクが貼られたページへ飛ぶ人間がどれくらいいるのかはわからないが、そもそもハイパーリンクが貼られていないページとなると遥かにアクセスしづらくなる。ハイパーリンクの有無がネット上のページのアクセス数の分布は変わってくる。特に今回のように科学的な専門知が問題となる話題については、島宇宙によるページ集合の分断はやっかいだ。コラーゲンペプチドなら効果なしと信じていても実害はないが、これが原発遺伝子組み換え作物食品添加物となってくるとそうはいかない。