テレビに写ってないときのことなんてどうでもいい

 たまには酒屋の愚痴みたいなことを書いてみようと思う。最近、芸能人や著名人の舞台裏の話、楽屋ネタ、秘話の類がやたらと目立つように感じる。全ての番組を見ている訳でもないので、客観的にみてそういうものがテレビで語られる回数なり時間なりが増えたのかはわからないが、俳優や女優、タレントなどが、撮影の裏でスタッフに差し入れをしているとか、いつも腰が低くて謙虚であるとか、演技のための役作りに熱心だとか、そういうことがオンエアで語られるのをよく目にする。

 私は以前からこの手の話が好きではない。いや、厳密にいえばこの手の話が作品の評価に利用されるのが好きではない。俳優や女優、タレント、お笑い芸人、グラビアアイドル、アイドルなどなんでもいいが、舞台裏で「いいひと」であるかなどどうでもいい。その人間が本番でどうだったか、それが全てだと思う。もしも本番で自分を出し切れなかったならその程度の人間だということだし、そもそもテレビが出し切れるようにできていないとか言論の自由が昔に比べてずっとなくなって、今では出しきるのは難しいなどと思うなら、そもそもテレビに出なければいい。

 どんな形であれ、何かを表現する人間が、自分の表現以外のところで言い訳を始めたらおしまいだ。正々堂々、表現それ自体で戦うべきだ。楽屋でいい人かどうかなど、作品の価値とはなんの関係もない。楽屋でいい人かどうかで作品の価値が決まるのなら、そんな作品に価値などないとすら思う。

 私生活が酷い人間だろうと、作る作品が素晴らしいならそれは表現者として素晴らしいと言っていいし、逆に私生活が折り目正しい人間だろうと、作品がお粗末ならば表現者としてはお粗末としかいえない。そんな単純なことが、どうしてこうも簡単にねじ曲がってしまうのか。どうして私生活に作品自体の評価が引きずられてしまうのか。世間の人間がアホなのか、番組を作る人間がアホなのか、本人がアホなのかわからないが、こういう一切の茶番に、私は近頃なんだかひどくうんざりしている。