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日本人として何かを見ること

26歳 内省 思想 東京 日常 文学 言語学

 電車でバイト先へ向かう時、淡いピンクから淡い水色へとグラデーションをなしているような空を電車の窓からぼんやり見ていた。その空は多くの建物の稜線に縁取られ、その隙間から辛うじて覗くような空である。

 

 私はそこで、いわば「空の同一性」とでも呼ぶようなものについて思いを巡らせることになった。古人が眺めた、或いは見遣った空と、私たちが今見ている空は同じものなのだろうか。それは、客観的には「同じ」といえるかもしれないが、主観的には、あるいは感じ方は大きく異なるのではないか。そこに空の同一性、或いは差異性を見る。

 そのことを考えるときのきっかけになるのが、日本人にとっての「色」の概念の変遷なのではないか。

ピンクは一色か

こんなサイトを見つけてきた。

irononamae.web.fc2.com

 このサイトを見てみたところ、私の目では、普段何気なく「ピンク」などと呼んでいる色を、

1. 鴇色(ときいろ)

2. 虹色(にじいろ)

3. 珊瑚色(さんごいろ)或いは赤梅(あかうめ

4. 桃色(ももいろ)

5. 紅梅色(こうばいいろ)

6. 薄紅(うすべに)或いは蕾紅梅(つぼみこうばい)

7. 薔薇色(ばらいろ)

8. 韓紅・韓紅花・唐紅(からくれない)、

9. 真朱(まそお)或いは真赭・真朱(まそお)

10. 甚三紅(じんざもみ)

11. 今様色(いまよういろ)

12. 一重梅(ひとえうめ)

13. 長春色(ちょうしゅんいろ)

14. 中紅花(なかのくれない)

の14色に分類することができた。昔の日本人なら、もっと細かく分けることができたのではないかと思えてならず、やはり少し悔しい思いがする。

 利休鼠(りきゅうねずみ)や山藍摺(やまあいずり)という言葉を今の日本人の多くは知らない。どちらもそれぞれ異なる色の名前である。その言葉を知らないということは、今の日本人の心の中にはこれらの言葉に対応した色が存在しないということなのではないか。私たちは何色の色を失ってしまったのだろう。或いはもっと踏み込んで言えば、私たちは「何」を失ってしまったのだろう。

色鉛筆の本数の記憶

 小さい頃、12色の色鉛筆を見ていて、絵を描くのが好きだった私は色の数の少なさに漠然とした不満を感じたことがあった。そこで私は24色の色鉛筆や36色の色鉛筆もあることを知り、それに憧れを抱いた。それは色の数が多いことによって、私が表現できるものの範囲が広がると素朴に感じていたからだろう。多ければ多いほど、私は私の見るものをより正確に、より自分好みに表現することができると直感的に感じていた。

 色鉛筆の本数をめぐるその感覚を通して、私はかろうじて、昔の日本人の感性に触れることができていたのかもしれない。或いは空を見て、その微妙な色のグラデーションをなるべく多くの色に分解しようと試みるそのときに、私はかつての日本人が利休鼠を生み出したその心に通じることができるのかもしれない。虹の色は何色かと昔の日本人に問うたならば、きっと7色などでは済まない。そこに100色、200色の限りない微妙な色の差異を見て取ったことだろう。そしてその指摘された色の多くを、それに対応する言葉としては、私たちは失ってしまっている。思い出していただけるだろうか、先ほど紹介した14色のピンクの中に、虹色という色があったことを。果たして昔の日本人にとって虹とはなんだったのだろう。きっと今の人々とは異なる見方をしていたに違いないのだ。

 では私たちはその心を一体いつから、一体どうして、失ってしまったのだろう。或いは自分では気がつかないほど心の奥底に沈み込んでしまったのだろう。ここで私は、この失ってしまったものを薄っぺらいナショナリズムに還元したいのでは決してない。そしてその心というのは、完全に失われてしまったのではないと思いたい。私たちの今目にする日常の様々な風景と、それを見る私たちとの関わりの中に、かつて利休鼠を生み出したその心はかろうじて残っている。空は昔と今とで大きく変わってしまったが、それでもなお、私は古人の心を自分自身の中にかろうじて復活させることができると思っている。

 

 古人が見たような空は、今や私たちは山に登ったり高層ビルの上階に登ったり、あるいは東京タワー、あるいはスカイツリー、あるいはジェットコースターの頂上へ登りきったときにしか見ることはできない。地上にはほとんど失われてしまった空と、失われていないことを客観性の旗印の下に正当化する科学的精神があるばかりだ。