構文の効果について

 先日書いた記事*1の中で、「~ということは統計によって示されている」という形の構文がネット上の実に色々な領域の色々な人々によって使われていて、それが読む人間の思考停止につながっているのではないかということについて触れた。ここで「思考停止」というのは、「統計によって示されている」とか「研究によって示されている」とか「実験によって示されている」というような文字列を見ただけで、人はその出典に当たったり、真偽を疑ってみたりすることをやめてしまうようなところがあるのではないか、というような意味においてである。

 私はこういう「構文」を使った表現に最近興味を持つようになっている。というのも、どうして人間が言葉を使っていると自然発生的に構文というようなものが生まれてくるのか、そしてそれにはどんな意味や効果があるのかということを、個人と集団の二つのレベルに分けて考えてみたいと思ったからだ。個人にとっては、上記の構文で作られた文を見ただけで、「あ、それはもう事実なんだ。」と素朴に思ってしまい、そこに紹介されている実験の内容については確認したりすることもなく、読み手の中で既成事実化してしまうというところがあるのではないか、という危険性だ。それに関連する問題がさきほど彼女とのやりとりの中でも起こって、それを起点として発展した考えを記録しておこうと思う。

 

:集中力と記憶力があれば人生の大抵のことはなんとかなるわけですよ。

彼女:それは言葉を入れ替えると大変なことになるやつだな~。

:それって集中力と記憶力というところを他の言葉に入れ替えると意味がガラッと変わっちゃうってこと?

彼女:そうそう。そこを『お金』に変えると大変だな~と思って。

 

 そこで考えが進み始めた。ある表現の一部を書き換えると、或いは代数の比喩でいえばある方程式の中の変数に別の値を代入すると、全く違った意味(値)になってしまう。先日書いた記事を連想したのであった。そしてこの連想を彼女に話すうちに、思考はさらに展開され、「本のタイトル」について考えるとわかりやすいのではないかと気付いた。

 

 本のタイトルというのは、中身に関係なく特定の構文に沿ってタイトルをつけておけば売れる、ということがあるのではないか。

例えば

『〇〇で必要なことはすべて○○で学んだ』*2

『〇〇になるための(数字)の方法』*3

『(20, 30, 40, 50)代〜』*4*5

というようなタイトルを見ると、人間はその内容に関わりなく目に止まってしまうというところがあるのではないか。

 自然言語処理で、「売れるタイトル」のパターンを解析すると、人間が特定の文字列にどのように、あるいはどれくらいの規模で反応するかということがわかってくるのではないか。或いはTwitter上で多くリツイートされるツイートに共通の構文パターンのようなものがあるのかどうかということを確かめたくなってくる。こうした条件反射的な言語認識、或いは構文認識というべきかもしれない、そういう構文を使った表現というのは、主体から思考を奪い、条件反射によって特定の方向への作用を生み出すところがあるのではないか。

 

  構文と似ているようで異なるのが、熟語であり、ことわざだ。熟語やことわざは、もうそれ自体が特定の意味を持ってしまっていて固定的なものだ。しかし構文はそうではなく変化の余地がある。一定の形を持っていながら、その一部には「穴」があいていて、そこに色々なものを入れることができるようになっている。それは比喩的に言えば方程式なのだ。穴とはxでありyなのだ。そこへ色々なものを代入していくと、異なる値が出てくるしかけになっている。そういう意味では、構文というのは、あるものを入れると中でどうなるかわからないがとにかく何かが出てくるという「ブラックボックス」の比喩で説明されていた、かつての関数のイメージに近い。関数の説明は最近では集合論の言葉を使って説明されるようになったが、構文は集合間の対応関係というイメージよりは、やはりブラックボックスのイメージの方が近い。

 そういう意味では、構文というのは色々な意味を持たせることができる容器のような存在で、構文のもつこうしたポジティブな側面を存分に発揮させているのがプログラミングの世界ではないか。つまり「関数プログラミング」というのは構文の集まりではないか。そのプログラミングの世界では今でも次から次へ新しい内容のアプリが生まれている。

 構文には一方で人間の思考停止を促すような効果をもち、他方では人間の創造性を引き出す効果をもっている。どちらが構文の本質に近いのだろう。それには構文の生まれた始原の状況を想像してみると何か手がかりが得られるのではないかと思う。つまり一定の馴染み深い形でありながら、中身は色々変えられるという「お手軽な既製服」というように生まれたのが構文というものだったのではないか。もしそうなら、プログラミングの世界で起こっていることの方が、構文というものの本来の効果を引き出していると言える。自然言語の世界ではなく、プログラミング言語の世界で、自然言語の産物である構文の可能性についての正当な応用が進んでいるというところに、ある種の皮肉があるなぁと私などは思ってしまう。

*1:

plousia-philodoxee.hatenablog.com

*2:

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*3:

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*4:これはかなり自由度が高い。

*5:

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