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私の無所属意識をめぐって

26歳 コミュニケーション 以前のこと 内省 思想 推理 文学 日常 東京 歴史

 小さい頃からずっとそうなのだが、私は政治や社会というものに対して、あまり親近感というか、「自分自身がその一部である」という実感を持つことができない。この疎外感というか傍観的な態度というようなものは、東浩紀さんのいう「オタク」*1的なものとは少し異なった意識の在り方ではないかと思う。

 この対談*2における東さんの「オタク」の定義は次のようなものだ。(映像でいうと18:25から)

 オタクとマニアの違いというのは、今安岡さんがおっしゃった通りで、この二つを混同して語る人というのはすごく多いのですが、これを混同してしまうと「昔からオタクはいた」とか「世界の偉人はみんなオタクだった」とかなんとかかんとか、とにかくもう「オタク」という言葉が無限に増殖していくので、僕は混同しないべきだと思います。

 「オタク」というのは日本で生まれた、特に1970年代以降、戦後の民主主義の高度消費社会を前提として生まれた一群の消費者軍団を名指す固有名だという風に考えなければ、分析できなくなってしまうので、まず僕はそう思います。(18:25から19:10)

 順番は前後するが、このオタクの定義の前に、オタクという存在についてどう考えるかということを語っている箇所がある。その部分も少し引用する。

 オタクというものが社会の外側にあるということになっているが、オタクを生み出したのは日本社会なのであり、戦後の日本社会のある特徴というものがオタクという生き方には表れている。そういう風に考えなければ、日本社会について十分に理解することにはならない、ということが僕の基本的なスタンスです。

 だからオタクというのは社会とは関係ない存在なんだと言ったとしても、やはりそれは社会の一部なので、「そういう存在が大量にいるこの社会ってなんだろう」という風には考えなければならない。

「社会に対して背を向ける」というオタク的な生き方について、それが不健全だと自分でも思いつつ、それでもこういう生き方しかできない国だよね、この国は、ということも語っている。こうした気分というのはなんだかわかる気がする。政治とか社会というような「大きなもの」に対して「これがおかしい」とか「こうすべきだ」というようなことを主張することはできないし、或いは自分が政治家や社会起業家のようなポジションについて、そういう問題を解決しようと考えることもない。ただしそういう社会とは何なのか、いかにしてこのような状態に至ったのか、そしてここから何か別の状態へと変わっていくことはできるのか、ということについて考えることはある。オタク的ではないにしても、自分の意識のあり方が不健全であり、それでもそういう意識のあり方でもって生きることしかできないでいるというような意識のあり方は、私の中にも見つけられるように思う。

ただしこの観察者的な視点、或いは傍観者的な視点というようなものが、東さんの言うオタク的なものと根を同じくするのかどうか、そこのところはまだはっきりしない。私個人の意識の有り様というのは、オタク的なものとは少し違う部分も持っている。まずオタクたちと対照的なのは、私は社会に対してそれなりに関心をもっている。何を根拠にと言われれば、

ニュースアプリで毎日ニュースはチェックしたり、

自分なりに今の日本の社会なり人々について考えたり、

それをもとにこうして記事を書いたり、

そうして書いたことをもとに誰かと社会について話してみたり、

逆に話したことをもとにまた考え直してみたり、

というような私の行動を根拠にしている。極めて小市民的、或いは庶民的な仕方でしかないのかもしれないが、私はこうした行動を通じて、社会に対する自らの関心を消化しながら生きている。こうした行動をすべて絶ってしまったら、私は落ち着かなくなってしまうだろう。それは素朴な言い方で表すならば、社会へ所属していたいとか、社会と自覚的に関わりながら生きていたいというような動機に由来するのだろう。

 しかしそれでいて、私は自分がその一部であるという感覚を持てないでいるのだ。この分裂的、或いは背反的意識というのは、社会に対する無関心ないし不関与を基礎として、自分の好きな「世界」にのめり込んでそこから出ようとしない「オタク」たちの意識とは異なるように私は思う。それではオタク的なものとは違った形で、私のこの意識のあり方をうまく説明することはできるのだろうか。そして私と同じような意識をもって生きている人々というのはどれくらいいるのだろうか。こういうことは統計で調べることはできない。ただこのブログを読んだ人々がそれぞれに「自分の場合はどうだろう」と考えることによって、それぞれの意識のタイプというのがわかってくるかもしれない、という程度だ。

 そこで私は特定の学説、思想、理論を前提とせず、あえて私の過去を振り返ることから始めてみて、そこから浮かび上がってきたことを、フロイトラカンといった精神分析的な視点、デュルケームパーソンズルーマンといった社会学的な視点、或いは吉本隆明による『共同幻想論』のような思想的な視点といった特定の学説、思想、理論などと比べることで再解釈していく、という手順で進めようと思う。

私の過去を振り返ってみる

 過去にどんな経験をしたかによって、その人の精神性を明らかにするというアプローチは、今では常識のように用いられている。犯罪が起きた時、犯人がどのように、或いはどこで育ったかを特番で放送したり、そういう仕方で記事が書かれたり書籍になったりする。こうしたアプローチはフロイトによって精神分析の分野で生まれた。そこでは母との関係、父との関係などが焦点になるが、上記の通り、そういう学説的なところへ予め自覚的に焦点を絞っておいて考えるのではなく、まずは私の経験をざっくばらんに書き記してみようと思う。初めから特定の視点を持ち込み、その視点に基づいて事実の収集を限定していしまうのは、ただの「確認作業」ということになってしまうのではないかと考えるためである。こうした形で展開される言説はラカンのいう「大学人のディスクールになる。

 自己分析するに、「自分が社会の一部であるとは思えない」という、私のこのような疎外感、或いは一匹狼的な無所属意識の原点は読書、それも海外の文学作品を、現代の日本の、それも北九州市若松区という田舎で読んでいたことにあるのではないかと思う。つまり、私が大学に入る前まで住んでいた実家のあたりは、子供といえばゲームをしたりカラオケに行ったり、ボーリングに行ったりして過ごし、仲間たちと楽しくしゃべって、時には喧嘩をして、グループを作ってつるみ、テレビや歌手や身近な「かっこいい」とされている誰かを真似しながらかっこつけて不良ぶって生きるというような、そういう意識のあり方で生きているという印象だった。

 そういう風に周囲を捉えていた私にとって、ヘルマン・ヘッセカフカ夏目漱石ドストエフスキートルストイなどについて、或いはコナン・ドイルアガサ・クリスティーやエラリィ・クイーンやサラ・パレツキーなどについて語り合う友など見つかることはなかった。だから私の読書体験は私の内側で封印されがちになり、私の内部で延々とぐるぐる回り続けるばかりで、外へ放出されることはなかった。だから私の読書経験と、それに基づいた私の世界観というものが、他者との交流によって上書きされることはなかった。

 当時ネットは存在していたが、家にはパソコンがなく、また携帯も持っておらず、私にとっての人間関係といえば、私が生活しているごく限られた範囲内で、一緒に暮らすごく一部の人々との関係がその全てであった。それは学校であり、家であり、たまに訪れる祖母の家であった。SNSもメールもなかった。

 私は時折、あえて誘われるがままに友達の家に行ってみたりもした。そこで私は、友達数人がテレビの前に並んで座り、コントローラーを手にひたすら対戦ゲームをしているのを後ろから見ていることが多かった。私の家にはゲームはなかったから、やっても勝てることなどなく、また楽しめもしなかった。そういう、まさに傍観者というような立ち位置で他者を観察しているうちに、私はゲームについても「どうせプラスチックのボタンを一定の順番で押しているにすぎないじゃないか。こんなのの何が楽しいのか。」などと思うようになっていった。或いは「自分と彼らは本当に友達と言えるのだろうか。自分は彼らと心が通い合っているとは思えない。彼らに話したところで、どうせまた難しいことを言っていると思われ、理解されないのがオチだ。」などと思うことも増えていった。そしてそんな風に思うことで、自分の感じていた疎外感に対する合理化を図っていたのだろう。

 こういう疎外的、傍観者的な意識から、「特定の集団に所属しない」という私なりの態度が生まれた…という風に話が進めばわかりやすかったのだろうが、実際には順序が逆であり、私はこのような合理化をする以前から、すでに特定の集団への帰属を意図的に避けるところがあった。「意図的に」と書いたが、それは意図を持ちつつも言語化はされる以前の漠とした意識である。それは小学生の頃にはすでに始まっていたから、おそらくは保育園で一人延々と迷路を書いていたあの頃に、その根があるのではないかと思っている。周りの子達が何をしているのかなどお構いなしに、ただただ自分の書きたい迷路を純粋に書き続けていたあの頃に。

 そして小学生に上がり、シャーロックホームズ(或いは初めての推理小説)との出会いを果たした私が、迷路から読書へと没頭の対象を移した後も、私は一匹狼として過ごしていた。あえて他者と「友達」という形でいつも一緒にいるよりも、一人で図書室にいて、好きな本を好きなだけ読んでいる方がいいと考えるようになったのだろう。とは言え学校ではそれなりに男女問わず、いやむしろ女子の方がしゃべっていて楽しいということもあって、女子たちとよくしゃべったりはするのだが、しゃべる相手と遊ぶことはあまりなかった。そのせいか、私には会話の相手が友達であるという意識が希薄であり、「会話の相手」以上の何者かとして意識されることはなかった。それは今も変わらない。そうした他者たちと遊んで時間を過ごすよりも、一人でハリーポッターを読んだり、名探偵コナンを読み直したりしている方が、楽しく過ごすことができた。そして私の頭の中では、具体的な他者のことよりも、空想や妄想、或いはフィクションがより多くを占めるようになっていった。自閉的意識が膨らんでいった。

 東京に来てひしひしと感じることがある。それは「都市」というものが、人間の人間観をある方向へと誘導する効果をもっているということだ。つまり都市に住む人間にとっては、「人間関係」が人生のすべてででもあるかのように観念されがちだということだ。「オタク」という形で現実の人間関係から距離を置こうとする心性でさえも、都市における人間関係中心主義的な雰囲気に対するアンチテーゼとして生まれるという意味で、依然として「人間関係」にひきづられていると見ることができる。人間関係を中心に人間を見るとき、その外側に対する意識というのが希薄になる。つまり人間がすべてなのではなく、自然というものがまずあって、そこから人間が生まれたのであって、そういう意味では人間は全体でなく部分であり、また全体に対してそれを突き破って外側へ出ていくこともできなければ、全体を自分の望む通りにすべて変えることもできないという風に捉えることは、都市に住んでいる人間には難しい捉え方なのではないだろうか。

 私が上京する前にこうした都市的な空間とは異なる空間で過ごしたことは、やがて大学進学と共に上京してから、大学内の人間関係で苦労し、結局は東京にいても上京する前と同じく、「一匹狼」で過ごすことになってしまっていることと無縁ではない。私は地元で、人間関係から離脱し、ただただ自分の好きなように、頭の中で空想をはたらかして過ごした。それで困ることも特になかった。時には学校や学校の外で問題を起こしたりしたこともあったが、それが人間関係の不足によるものだったのかどうかは判然としない。もしかしたらその不足が、私をある時期における非行に走らせた遠因だったのかもしれないと考えることもできなくはない。だがそういうことでもなさそうだと私自身は思っている。


    長くなってしまったが、私の意識のこうしたあり様というのは、迷路や読書といった個人プレーの娯楽への傾倒を通奏低音として、とりわけ読書の場合は他の子達は到底読まない様な作家の作品を好んで読んだ私の性向とその一人歩き、それが周囲の他者たちと交錯することなく自らの内側で回転し続けるという日常などのモチーフが主旋律ないし副旋律として、私の意識という音楽を成り立たせている。この音楽のテーマこそがつまり、「私の無所属意識をめぐって」ということになるのだろう。

*1:東さんの定義ではオタクというのは何かに没頭する「職人」的な人物ということではない。詳しくは本文の続きを参照。

*2:


安彦 良和(安彦良和書店店長)×東 浩紀(作家・批評家) アニメ、文化、この時代 ...