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また明日からルベーグ積分の勉強がんばろう。

2ヶ月以上も更新していなかった。今年は割とちゃんと記事を書き続けてきたものの、最近になって急に記事を書く気がなくなってしまっていた。いろいろと悩んだりすることもあり、精神的に停滞しきっていた。

 

 それでもひょんなことがきっかけであっさり元通りの様になる。小さいころからそんなものだ。

やかんで麦茶を作って容器にそれを注いだときに、表面にできた泡が絶妙なバランスで集合している様子を見て気分が高揚し、

以前から気にはなっていたスタンフォードの自分を変える教室』という、割と有名な本の「図解バージョン」(簡易版みたいな感じ)をコンビニで発見し、少し立ち読みしていたら、自分の悩みが他人事のように感じられるようになって、気分が軽くなり、

気が付くとそれまでの自分のあれこれの悩みが考えてもしょうがない問題のように思えてきたりする。考えてもしょうがない問題を考えていてもつまらない。考えるならば面白いと思える問題だ、と変にドライに割り切った気分に変わってきたりもする。

 

ちなみに本はこちら。

スタンフォードの自分を変える教室

スタンフォードの自分を変える教室

 
図解でわかるスタンフォードの自分を変える教室

図解でわかるスタンフォードの自分を変える教室

 

 

 

 全く更新していないのに、毎日平均して20くらいのアクセスがあって、一体全体どこのどなたが見てくださっているのかわからないけれども、なんだかありがたい気持ちになったりする。

 

 さてあと2週間とちょっとで院試がある。大学の教養課程レベルの微分積分線形代数、それに選択科目では経済学と経営学を選ぶつもりだったのを変更し、集合と位相、測度論の問題を解こうと思っている。数学はやっぱり勉強していて楽しいと改めて思った。自分がどんな精神状態であっても、数学だけは勉強が進められる、そんな感じがする。

 

 微分積分線形代数は満点近く取りたいところ。選択科目の数学2つの方もできるだけいい点を取りたい。今はとにかくノートをとって問題を解いて、手を動かして慣れていく練習。「1+1=2」とか「16×16=256」とかと同じくらいあっさり答えが出せるようになるまで。とりあえず集合と位相(位相空間)やルベーグ積分の問題を集中的に解く時間を確保しなければ。ここ最近までは定理や定義の確認、「とにかく手を動かして証明を理解する」ということばかりやっていた。以前に読んだ小平邦彦さんの本、『ボクは算数しかできなかった』(岩波現代文庫)にこんな一節がある。

分からない証明を分かるまで何度も繰り返し、ノートに写したりして苦心惨憺した。その時の経験によると、分からない証明も繰り返しノートに写して暗記してしまうと、自然にわかってくるようである。現在の数学の初等・中等教育ではまず分からせることが大切で、分からない証明を暗記させるなど、持っての外ということになっているが、果たしてそうか、疑問であると思う。

ボクは算数しか出来なかった (岩波現代文庫)

ボクは算数しか出来なかった (岩波現代文庫)

 

 

 しかしそんな大事な時期であるにもかかわらず、精神的には少し厄介な問題を抱えている。これまでは研究こそが自分が本当にやりたいことだと信じて疑わなかったのに、最近になって「本当にそうか?自分が本当にやりたいことは研究なのだろうか。」という疑問が湧いてきた。研究室訪問をしたときに、自分が本当に研究をしたいことが具体的に説明することができなかったり、願書を提出するときに志望理由書の中で研究の構想についてうまく書けなかったりしたことも気持ちが揺らいでいる原因の一部なのだろう。

 

 そうかといって就職するかと言われれば、大学を卒業してもうすぐ3年が経とうとしている自分は就活にはかなり不利な状況で、今の自分に具体的なスキルや業績、これといった強みがあるとは思えない。勉強が好きで他の人よりは熱心に勉強できます、くらいしか思いつかない。なんともフワッとしたもので、ちっとも相手の印象に残りそうにない。今更大学の就職相談室に相談というわけにもいかず、そうかといって何かすごい「つながり」があるわけでもない。電車に乗っていてドアのガラスや車内の液晶を見ていて「ガラスって本当に目立たないけど、色んなところで人間の生活を具体的な形で支えていて面白いなあ」とふと感じ、ガラス業界について調べてみたり・・・というくらいのものだ。全くもって冴えない。一体全体自分はどうしてしまったというのだ。

 

 まあ研究するにしても、就職するにしてもとりあえず始めてみなければわからないし、気持ちが変わったならそのときはそのときだ。今は目前に迫る院試に向けて勉強に集中するべきなのだろう。小さいころから自分の進路が定まっていなくても勉強はできるので、がんばろうと思う。モチベーションだの自己啓発だのの理論から見れば目標やゴールがはっきりしていないのに頑張れるはずがない、まずはモチベーションや目標をしっかりと明確にすることが先決だ、みたいなことになるんだろうが、そういう考え方はどうも胡散臭くてなじめないので、この際無視することにしている。自分の頭で考えて納得しなければ、誰のどんな理屈も等しく胡散臭く思えてしまうのだ。それらがどれほど科学や思想の確かで豊富な裏付けを備えていようとも。

 

さて、久々の投稿はなんだか日記のような、誰が読んでどんなメリットがあるのかも謎なとりとめのない文章になってしまったが、とりあえずこんなところで終わりにしよう。