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幽霊論

【字数:950字 目安時間:2分】

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出典:【画像も】怖いくらいに美しい松井冬子の作品の値段などを大発見! | まとめアットウィキ - スマートフォン

いずれも東京芸大出身の画家、松井冬子さんによる作品。不気味なものがまさにその不気味さを前面に出し、それがかえって美しくもある。不気味ということの本質はなんであろうかと私は立ちどまって考えさせられる。)

 

見えないものは、見えないからこそ人の想像力をかきたてる。

 

書かれなかったことは、まさにそれが書かれなかったが故に、行間にゆとりを生み、その空白がかえって書かれたものの広がりを作り出す。

 

幽霊にしろ、サンタクロースにしろ、或いは神にしろ、正体がハッキリしないからこそ、あえてぼやけているところを残しているからこそ、かえって人の記憶に残り、人はそれについて考えさせられてしまう。

 

見えてしまえば、書いてしまえば、なんのことはない、そこに答えがあり、それが終わりでもある。

 

余白はそうはいかない。余白は未来と同じだ。そこに何があるのかは、今はまだわからない。そしてわからないからこそ、人の心を捉える。捉えられたその先に何があるのかわからないのに。

 

つかみどころのない、正体のはっきりしないもの、そういうものの持つ存在感は、はっきりと存在しているものよりもむしろ大きい。

 

それは幽霊の存在感だ。

 

人はまだ、口や理屈では幽霊を否定しながら、それでいて幽霊の存在感を超えることはできずにいる。幽霊でなければサンタクロースでも神でもいい。

 

それは幽霊というものの本質をつかめていないからではないか。幽霊の存在感というものは、人と切っても切れない関係にある。意味を正確に規定できないもの、うまく定義できないものの不気味さこそ幽霊の本質であるとするならば、この世にはそういうものが現代でも残っており、しかもそれはいたるところにあふれているということに気づかされる。

幽霊的なものと言われて、私が真っ先に思い浮かべる小説といえば埴谷雄高の『死霊』(講談社文芸文庫、全3巻)だ。「どれだけ心を動かされたか」という意味で、あえて順位をつけるとすれば、この作品はこれまでの私の3000冊を超える読書歴の中で、未だに一位を維持し続けている。ただの1位ではなく、2位以下の追随を許さず、それらに大きく水をあける圧倒的な1位である。これを初めて読んだ時の何ものにも替えることのできないある種独特の感覚は、それに類似のものすら未だに私は味わっていない。

 

 

 

死霊(1) (講談社文芸文庫)

死霊(1) (講談社文芸文庫)

 
死霊(2) (講談社文芸文庫)

死霊(2) (講談社文芸文庫)

 
死霊(3) (講談社文芸文庫)

死霊(3) (講談社文芸文庫)

 

 

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