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設計するということ

26歳 テクノロジー 思想 情報科学 日常 東京 院試対策
【2509字  目安:7分】
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 週刊東洋経済トヨタ特集を読んでいる。トヨタの自動車設計についての新しい構想「TNGA」(トヨタニューグローバル・アーキテクチャーの略)が紹介されている。これは車を作るときにプラットホーム、エンジン、トランスミッションなどの基本部分はどの車種でもなるべく共通にし、一方で外観や内装については色々なニーズに対応できるようバリエーションを豊富にする、という設計思想だ。これは「表面は多様に、中はシンプルに」という風にまとめることもできる。この設計思想の転換により、開発リソースは20%削減され、浮いたリソースは先行開発や商品力強化に回すということらしい。TNGAの成果の第1号は新型プリウス(4代目)だ。
 
 読んでいてふと気付いた。コンピュータによる通信プロトコルのモデルであるTCP/IP(あるいはOSI参照モデル)と発想が同じなのだ。つまり土台となる部分はシンプルにして共通化し、その上に乗ってくる部分はいくらでもバリエーションを広げられる、多様性を獲得できるという意味で。
 
 OSI参照モデルでは、コンピュータによる通信を7つの階層にわけて考える。
第7層 アプリケーション層
第6層 プレゼンテーション層
第5層 セッション層
第1層 物理層
 
 端末内のアプリケーション層におけるあらゆる処理は、どこの企業の作ったアプリでも、階層が下に下がるにつれて表現や形式が変化し、一番下の階層(物理層)ではみんな同じ、0と1で表せる電気信号になる。そこを世界全体で共通化したからこそ、インターネットはインターネットとして機能することができている。これから先も色々なアプリやソフトが色々な会社から出てくるだろう。しかしどれも一番下の部分は共通だ。そこを守りさえすれば、何でもありだ。すべて同じ階層で処理するのではなく、いくつかの階層にわけて処理を行う「階層化」の意義がそこにある。
  階層化といえば生物がそうで、ヒトの本質は遺伝子でみればATGCの4つの塩基の組み合わせにすぎない。その4つの塩基の並び方によってアミノ酸の種類が指定され、それによってタンパク質の種類が指定され、さらにそれがどう折りたたまれるか(「フォールディング」)によって構造が変わり、構造の違いは機能の多様性を生み出す。そういうしかたで、生命は実質的にほぼ無限といえるような数の組み合わせを獲得している。これは生物のタンパク質に関する階層性だ。別のレベルでは細胞から生態系に至る間にも階層性がある。
 
細胞→組織→器官→器官系→個体→群れ→生態系
 
 あるいは別の例として、ハードウェアの設計思想である「モジュール化」(modularization)がある。1980年代にIBMが打ち出したパソコンの規格を世界中の企業が採用し、それに沿って開発を行うことで、モジュールの性能が飛躍的に向上した。ただしモジュール化の場合は、システムの構成要素の数が多いために、いくつかの細かい部品を「モジュール」という単位でひとつにまとめて標準化を行うことで、システムの複雑さを軽減するというところが中心であったのに対して、TCP/IPは上位階層における多様性を担保するために下位階層の構造をシンプルにするというところが中心であろうから、この点で力点が少し異なるように思われる。
 「見える部分は多様に、見えない部分はシンプルに」とも言える。そういう形で多様性を確保するというのは、工学(engineering)における設計思想というにとどまらず、社会を維持し、発展させるための思想と考えてもいいかもしれない。
   たとえば企業であれば、最下層に来るのは「経営理念」、或いは「常識」ということになるんだろう。そこが全社員で共有されていて初めて、組織は全体として機能する。もしそこが共有できていなければ、統率の取れていない軍隊や、何のルールもなく雑然と本が並べられた図書館、積み上がっただけの建材、或いはスクランブル交差点を歩く群衆のように、組織は組織でなく、ただの人の集まりに過ぎない。
   「形式は機能に従う」(Form follows function.)*1と言われる。果たしてトヨタのTNGAは、この形式でいい機能を発揮するだろうか。HVやFCV(Fuel Cell Vehicle:燃料電池自動車)の開発と販売をめぐる今後の動向が気になる。
 
 FCVといえば昨年12月14日、トヨタは一般向けのFCVとして「MIRAI」の発売を開始した。700気圧の高圧タンク2本に圧縮して詰め込んだ気体の水素をエネルギー源として利用する。タンクの重さは合計5kg。基本仕様は以下の通り。
 
価格:税込み723万6000円。うち約200万円は国への補助金申請が可能。
エネルギー源:水素
水素充填時間:約3分
航続距離:650km(JC08モード*2によるトヨタ測定値)←つまり1回の充填で650kmの走行が可能
車両重量:1850kg
最高速度:175km/h
モーター最大出力:113kW
モーター最大トルク:335N・m
耐寒性:マイナス30℃からでも始動可能
カラー:6色
搭乗人員:4人
トランク:大型のスーツケースを収納可能
(出典:Newton2015年2月号p.29より)
 
 もし現在のトヨタの成長を制約する要因が「デザイン」にあるのだとしたら、下の階層でいかに部品の改良を続けても、伸び悩むことになるだろう。反対にデザインはそれほど問題でなく、走りの性能や燃費など、部品に起因する要素が問題なのだとしたら、下の階層における技術進歩がボトルネックになるのだろう。私個人はデザインを変えた方がいいのではないかと思う。東洋経済の中でも指摘されていたが、買いたいと思うデザインの車がトヨタから出ないというのが率直な気持ちだ。もっともそれはトヨタに限らず、私は国産メーカーの車はどれもデザインが好きになれないわけだが。
 

【参考】

 水素社会やFCVについての詳細は

TCP/IPOSI参照モデルについての詳細は 

独習 TCP/IP IPv6対応

独習 TCP/IP IPv6対応

 

をそれぞれ参考にした。 

*1:シカゴの建築家ルイス・サリヴァンの言葉。フランク・ロイド・ライト、ヘンリー・ホブソン・リチャードソンと並び、アメリカ建築の三大巨匠とされる。

*2:燃費測定用に定められた走行パターンを指す