自分では本音に気付けないということ

 

ある記事

ハフィントンポストでこんな記事を読んだ。

www.huffingtonpost.jp

 

 記事の趣旨については「クオリティー・オブ・ライフ(人生の質)という言葉に含まれる『質』というのは、『本人が知らないことすら知らないこと』でできている。それは脳の一部しか使わない我々にはごく自然なことである。その『質』の部分に素直に目を向けることがよりよい人生を生きる『ライフスキル』の第一歩であり、とても重要なことである。」というようにまとめることができる。この記事を読んで少し連想的に考えたことを書こうと思う。

職場での経験

 個別指導塾でふだんアルバイトをしていると、生徒の悩みを聞いたり、他の講師や社員と話したりする。そのとき、「ああ、この人は『Xだ』と心の底では思っていそうだなあ」ということがそこはかとなく感じられることがある。

そこで私がそれを指摘すると、相手はそれを否定する。それでもやはり私から見ると、どうしても「Xだ」と思っているように思えてしまう。本人がそれに気が付いていないだけではないかと思えてしかたがない。これは冒頭の記事の趣旨に沿って言えば、自分が思っていることすら知らないという状態である。一言でいえば自分の本音に無自覚な状態である。

 少し話がそれるが、洗脳とはそういうものなのかもしれない。自分の意識では「Yだ」と思っていて、周囲の人にも「私はYと思っています」と「本当のこと」を言っているつもりでも、無意識では「Xだ」と思っており、実質的には嘘をついていることになってしまう。しかし自分では嘘をついていることに気がつかないままだから、嘘による動揺も怒らず、したがってウソ発見器にも引っかからない。 だから嘘発見器では本人に洗脳を自覚させることはできない。無意識というのは定義上、自分では自覚することができないものだ。

虚記憶について

 この点で洗脳に似た概念として「虚記憶」*1(false memory)がある。もともとの定義は「過去に体験したことのない出来事であっても、体験したと誤って思い出されること」である。

 虚記憶という現象には、人が何かを思い出すとき、自ら記憶を書き換えてしまい、それでもその記憶の内容は依然として正しく、真実であると思い込んでしまうという性質が関与している。みかんはいつ見てもみかんであるのと同じように、記憶というと時間が経っても変わらないもののように錯覚してしまうが、その実体は脳内のニューロンの発火パターンによって成立しており、考えてみればいつも同じパターンで正確に発火すると考える方がむしろ不自然である気もする。ほんのちょっと条件が変わるだけで、依然と違う発火パターンになってもおかしくはない。あるパターンでニューロンが発火したことによって連想したことについて、本人はそれが記憶であると思い込んでいるだけで、実際にはその発火のパターンが実は以前とは違ってしまっていることなど意識しようがない。

  記憶についてのこうした物理的な条件をもとに考えれば、自分の本音に無自覚であることだって自然なことなのかもしれない。脳では意識より無意識の領域の方が圧倒的に大きく、最初は意識されていたことであっても、反復するうちに意識されなくなることも少なくない。自転車の乗り方や電車の乗り換えなど、人は日常の中のほとんどの行動を反復を通じた学習によって無意識に行っている。今日目が覚めてから行った全てのことについて、その全てを意識しながら行った人はいないだろう。誰の脳もそのように使われている。誰かに指摘されて初めてそのことに気がつくということだってよくあることで、指摘されるまでは、「Yだ」と一貫して主張していたりする。そしてそういう生き物が「社会」とか「文明」などと呼ばれるものを作り上げている。 ある意味では危なっかしい。

 自分では気がつかないうちに世論と同じ方向に進んだり、ある流行を広めることに加担していたり、自分の目標や意志とは正反対の結果を招いてしまったりする。そういうことが脳というハードウェアの特性によって、導かれるようにして起こるということがありうる。

 そうだとすれば、そういう特質を備えた生物が社会を営むためにはどんなことに気をつけなければならないだろうか。 意識の可能性を信頼することか。ある方向に流されることが原理的にありえないようなしくみを作ってしまうか。法やアーキテクチャがそういう役割を果たしてきたと考えることもできる。

 さて、それでは私はと言えば、TCP/IPの本の続きを読もうと思う。なぜならそこにヒントがあるように思えるからだ。そのあたりのことは過去のいくつかの記事に書いた通りである。

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*1:ちなみにこの訳語は「虚偽の記憶」や「錯誤記憶」「誤った記憶」「偽りの記憶」など、原語(英語)の"false memory"の訳語の一例にすぎず、未だ確定した訳語はない状況らしい。