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都市の人々は地動説を獲得できるか

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品川区南大井にて撮影)
 
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三鷹市井の頭の三鷹台駅ホームにて撮影)

 

  都市には高層ビルが立ち並び、高い壁に遮られた空は、人々にとって高く感じられる。それは人々の立つ地上の遥か上空に地上と平行に拡がっているように感じられやすいだろう。

 
 
 しかしもしも、高層ビルのない、開けた土地で空に出会ったならば、人々にとって空とは、自分たちを上から包み込む傘のように感じられやすいだろう。
 
 
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東京ディズニーシーにて撮影)
 私の住むあたりは住宅街が広がっているため、歩いていて低い空に出会うことがよくある。自分の目線の高さに空がある、そんなときがある。自分の目線と同じ高さの空と、自分の真上に広がる空とが一続きであると知れば、天体について学ぶ以前の私は、果たして自力で地動説に至ることができただろうか。学校で習ったからという、なんとも無味乾燥な理由で地動説を信じるのでなく、傘のように自分を包み込む空に対して、それは傘のようで傘でなく、地表は曲率ゼロの平面でなく、したがって地球が球体であって、それを包み込むように空が広がっていると考えられただろうか。
 
 もちろんここでの地動説とは比喩である。
 
 どれだけの数の人が、地動説を自らの力で獲得し、天動説を否定できるだろうか。つまり理性によって思考を進め、結論に至ることができるだろうか。
 
 
 高い空の下で暮らす人々は、自らの力によって地動説のもととなる経験のチャンスを隠してしまう。果たして彼らは、ビルのない場所に投げ出され、先人の知恵を使えないような生活を始めたとき、どうなるだろう。