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日本でベンチャーが根付かない本当の理由

 アテンション・エコノミーattention economy)」という言葉がふと頭に浮かんで、そういえば田端信太郎さんがこの言葉を使ってたなと思い、岡田斗司夫さんと田端さんの対談の動画を見始めたのが「そもそものきっかけ」だった。


岡田斗司夫×田端信太郎対談「評価経済社会」はどこまで「現実」か? - YouTube

 

そこから派生して、次にこの動画を見たのが、「直接のきっかけ」だった。


【後編】田端信太郎氏 メディアの未来、メディアビジネスの未来 - YouTube

 

この2つ目の動画の中で、「パブリッシュ(publish)」という言葉の語源についての説明が出てくる。もともとこの言葉は「何かをパブリックなものにする」という意味で使われ始めた言葉で、「出版する」という意味はなかった、と。

 

そこから考えがスタートした。厳密に言うと、既に自分の頭の中にあったことが、この辺の説明の部分を見ていて再活性化(reactivate)し、思考が促された、という感じ。

 

どんな風にか。こんな風にだ。

 

 日本でも少しずつ英語圏の言葉が使われる量が増えてきている。メディア業界や広告業界、或いは意識高い系の人(?)がその先頭を走っている・・・というだけではなくて、街中の広告(とはいえやっぱり「広告」?笑)、大学の授業、ネット、新聞、書籍など、日常生活の中でもカタカナ語」「外来語」が増えている。辞書が新しくなるとき、変わるのは「カタカナ語が増える」という点だ。若者言葉を新たに追加するということもあるが、カタカナ語の増加も見落とせない。

 

ただやはり、どんな言語の言葉でもそうだと思うのだが、言葉というのは、それを日常的に使う個々の人間の経験や、生活の中の素朴な感覚と密接に結びついて初めて意味を獲得するという面がある。上で挙げた「パブリッシュ(publish)」という言葉もそういうものの一つだろう。「公にする」という意味でこの言葉を使っている人よりも、「出版する」という受験英語の名残的な意味で使っている人の方が多いのではないか。

 

もうちょっと例を挙げよう。塾で英語を教えているときに生徒に説明する例だ。

「見る」という言葉は、英語では色々ある。もちろん用法の数で考えると日本語も色々な用法があるのだが、スペルという意味では「見る」で大まかにまとめられている。

「see」→視界に入る、くらいの軽い感じで見る

「watch」→視点を固定して見続ける、或いは「観る」(テレビや映画など)

「look」→視点をそれに合わせて見る。「目を見て答えて」という時の見るの意味に近い。

「glance」→ちょっと見る、ちらっと見る

「stare」→じっと見つめる*1

 

こういう言葉はいくらスペルと発音だけ覚えさせても意味がない。本人の感覚の中に落とし込まれていないと言葉は使い物にならないというのはどんな言語でも同じだ。これはインプットの量ととアウトプットの量が一致しない理由のひとつでもある。

 

だから日本人は英語学習の中で、その言葉自体のニュアンスを自分の感覚とうまくひもづけしながら、ひとつひとつの言葉を覚えていかないといけない。これはある種の「丁寧さ」を問われる作業だ。

英語学習についてはちょっと前にも記事を書いた。

 

英語をどう学ぶか - TOKYO/25/MALE

 あるいは「言語感覚」という意味ではこういう記事も書いた。

 

主語を変えること - TOKYO/25/MALE

 

手前味噌な例の引用から反転、本筋に戻ろう。

そしてここに、ある「タイムラグ」*2が生まれることになる。

 

どんなタイムラグか。こんなタイムラグだ。

 

日本がアメリカを追いかける、というとき、表面的な制度や仕組みを同じにすればすぐに追いつける*3というほど、ことは簡単ではないのは、ひとつには言葉の定着度の問題があると思う。ネイティブでないならば、その言葉を使いこなすまでにどうしても余分に時間がかかってしまうのだ。

 

ではある外来語が日本でしっかりと「根付く」(いい言葉だなあ、これ。笑)までにどれくらい時間がかかるのか。それは言葉によってまちまちだろう。

 

たとえばベンチャー(venture)」という言葉がある。今ではよく使われる外来語のひとつだが、英語圏の人々は「venture」という言葉を他の単語との関係させて理解する。「venture」という言葉の周りには例えば「adventure」があるだろう。日本人が「venture」という言葉をベンチャーとカタカナで表記して書いたり声に出したりするとき、そこに「adventure(或いは「アドベンチャー」)」という言葉が隣接している、という人はどれくらいいるのだろう。ゼロではないだろうが、やはりネイティブに比べると割合は少ないだろう。そこの差が「タイムラグ」を生む。

 

それは日本人が日本語のある単語を理解するときに、日本語の他の言葉と関連付けながら理解することと同じだ。言葉はネットワークをもとに成立するシステムだというのはこういう点から考えるとわかりやすい。

 

だからベンチャーが日本に根付くのにも時間がかかっている。ここで「かかった」と過去形で書かなかったのは、自分から見ると、やはりまだ英語圏に比べるとこの言葉が「根付いているなあ」という感じがしないからだ。普及はしてきたと思うが、日本語と同じレベルで使われるところまでは浸透していないと思う。たとえば「風呂上がりのビールというのはやっぱりたまらんですなあ〜。」の「たまらん」と比べて。

 

ベンチャー(venture)」が根付かないと、「インキュベート(incubate)」とか「ファシリテート(fascilitate)」辺りの言葉も本当の意味で定着はしないだろう。そして定着しない限りは、これらの言葉をもとに展開されることがもつ社会的インパクトは、一定の範囲を超えるということがないだろうとも思う。そこには日本と英語圏で確かな「タイムラグ」が生まれる。

 

こういうことを考えていると、タイムラグを生み出してしまうのに競争してしまうという状況が、なんだか切ないものに思えてくる。走れば走るほど、前にいるランナーとの距離をひしひしと感じるレースというのは、考えてみると辛いものだ。一部の経営のトップや、「ベンチャー起業家」たちだけがこの言葉を使っていても意味がないのはこういう状況も関係している。それは彼らがよく言う、「意識」とか「アンテナ」、「(誰とつながっているかという意味での)ネットワーク」の問題ではなく、「言葉」の問題だ。

*1:(ちなみに「ステアー」という名前の狙撃銃がある。文字通り、狙撃においては狙撃対象を「ステアー(stare)」する)

*2:ちなみにこの「タイムラグ(time lag)」という言葉一つとってみてもそうだが、それを「タイム(time)」「ラグ(lag)」分解して、「ラグ」の方を他の言葉と組み合わせて使うということは、日本人の外来語の使い方として、どれくらい普及しているのだろう。

*3:「追いつく」という意味で「キャッチアップ(catch up)」という言葉が使われるようになったのも、最近のことではないか。これも一つの例かもしれない。