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「海藻を消化できる日本人」から考える伝言ゲーム

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 もはや誰から聞いたのかも忘れてしまったが、2、3年前くらいに「日本人は海藻を消化する特有の能力を持っているらしいよ。」みたいなことを聞いた。

 

それから今に至るまでの間に、他の人からも同じことを聞くことが何回かあった。

 

社会の中で、自分の知らないどこかの誰かの「伝言」が、自分のところまで回ってきたのだろう。何人目で自分のところに到達したのかを知ることはできないが。

 

そんな中で昨日、例によって『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学 (光文社新書)』を読んでいたら「ああ、この伝言の元ネタはこれだったのかな」と思われる記述を発見した。以下にそれを引用する。

 

このように、食生活が腸内細菌・腸内環境を変えている実例が、科学雑誌『ネイチャー』2010年4月7日号に掲載されている。海藻の細胞壁を分解する細菌の酵素が、日本人の大腸から見つかった、というフランス人生物学者の論文である。

(同書 Ⅵ浮かび上がる「食物のカロリー数」をめぐる諸問題 201ページより引用)

 

ちょっと調べてみたらWIREDにも過去に掲載されているのを見つけた。


日本人の腸だけに存在?:海藻を消化する細菌 « WIRED.jp

 

そしてもちろんNatureダイジェストにも。


海藻に隠された遺伝子の贈り物 | Nature ダイジェスト | Nature Publishing Group

 

2010年4月だから、自分がこのことを誰かから聞いた時期ともちょうど重なる。この発見に関する文章が「Nature」でしか読めないならば、伝言ゲームの一人目を考えるきっかけになったのだが、WIREDやNatureダイジェストとなると、割と多くの人が読んでいる媒体なので、それほど絞り込むことはできないだろう。

 

ここで本論。伝言ゲームのメッセージ内容から考える情報伝播と情報収集

ここでこの記事の本論に入る。私は普段、テレビ番組を全く見ない。というかテレビをそもそも持っていない。しかしそれほど不便を感じない。なぜか。この辺のことについてある程度考えた結果、テレビを見なくてもなんとかなるという結論に到達した。

 

例えば健康番組で考える。

健康番組を例に考えてみる。番組内では健康になるための秘訣が紹介され、1時間なり2時間なりを使って、特定のテーマについて解説することになる。もちろんあらゆるテーマについて扱うことは時間の関係で不可能なので、他のテーマは別の回に、それも多くの人が興味をもちそうなテーマから番組が作られていくだろう。或いは既にネットや書籍で流行っているテーマについて「それってホントなの?」と検証する様な内容の番組を作ったりもするだろう。

 

しかしそういう個々のトピックは「既にわかっていることリスト」の中から選ぶしかなく、そのリストを最先端で作り出しているのは、学会・研究機関だ。

 

では「健康になるための秘訣」などの情報は、伝言ゲーム式に元を辿るとどこに行き着くか。学会・研究機関などで既に発表された論文、或いは専門書だろう。

 

では初めからオリジナルの方に触れられる様に自分を訓練してはどうか。論文が読めるレベルになるために専門書を読み漁り、実際に過去に発表された論文を読んでいくことでそれぞれの分野の研究の動向を大まかにでもつかむ。そしてそこにアンテナを張っていく。

 

経験的には、ある論文や専門書の中のネタが、テレビ番組や新書や文庫などの手軽な書籍に載るようになるまでに、平均して数ヶ月〜数年・十数年、或いは時には20〜30年ほどのタイムラグがあるように思う。もちろん、多くの人が関心を持ちそうな、医療や健康などのテーマの場合は、このタイムラグは小さくなる。しかし、「内蔵」や「DNAコンピュータ」となると話は別で、後者に至っては世間でその名前を知っている人は100人に1人、いや1000人に1人のレベルだろう。

ちなみに「内蔵」に関心のある方は

「DNAコンピュータ」 に関心のある方は

 

ジェネシス・マシン

ジェネシス・マシン

 

 が読みやすいのでおすすめ。

 

話を戻そう。

すると例えばDNAコンピュータに関する情報をテレビ番組や新書・文庫などに期待して待っていてもしょうがない。おそらく余程のことがない限り、待ちぼうけをくうことになるのは目に見えている。

 

学者の研究活動→論文→書籍①(専門書)→書籍②(ソフトカバー、新書、文庫など)→雑誌・新聞記事(ネットも含む)、テレビ番組

 

という「伝言ゲームの経路」が見えてくるように思う。ひとことでまとめるならば、受け皿(誰に伝えるかという対象範囲)の小さい順に伝言が伝わっていく、ということになるだろうか。特定の学会に所属する人の数と、書籍に触れる人、雑誌や新聞で記事を読む人、そしてテレビを見る人の数をそれぞれ想像し、比べてみると納得する。

 

…というようなことから考える時間節約術

こんなことを考えていると、そこから時間の節約法も浮かび上がる。自分の場合、テレビ番組を見ないのは、それがつまらないからというよりもむしろ、「時間の無駄」だからだ。これは簡単ないくつかの仮定を設けながら数字を計算してみるとわかる。自分は過去にこの計算をして以来、「テレビを見ないこと」の後ろ盾を得た。笑

 

もちろん一つ一つの番組だけ、或いはその番組の中の特定のコーナーだけに限って言えばそれほど時間の無駄ではないこともあるが、番組の中には知らなくてもいい情報もランダムに混じっているので、必要な部分だけ効率的に、というわけにはいかない。そして気がつけば1時間、2時間が経っている…ということになってしまう。必要な箇所だけ見たならばおそらく一つの番組の中で5〜10分くらいだろうと思う。

 

そしてトピックは細切れでまとまっていないから、トピックとトピックの間に間隔ができてしまう。しかもその間隔はどれくらいかは世間の人々の関心の変化という、なんともランダムな要因に左右されて伸び縮みする。これは効率が悪い。

たとえばある3つのトピックがテレビ番組で2010年、2011年、2014年の3回に分けて放送されたとしよう。するとその番組を見ている自分としては4年もかけてたったの3つしか知識を増やせなかったことになってしまう。もちろんテレビだけから知識を得た場合だけれど。なんという無駄!もっと早く吸収できるのに!

 

だから初めから専門書や論文に挑戦する。論文1本なら1時間もあれば十分だし、専門書なら平均して2、3ヶ月もあれば1冊読み通せる。もちろん初めからスラスラ…というわけにはいかないので、ある程度腰を入れて関連する本(4、5冊も読めばけっこう「出来上がってきた感」がある)を読みあさり、知識を体系化していくという作業を行うことになる。関連する本は1冊2、3日で5冊として2週間ほど。その後で論文なり専門書を読み、何週か繰り返すとしても1、2年もあれば十分だろう。

 

何が違うかというと、こちらの場合、自分が吸収できるトピックは3つだけではない、ということだ。その分野のことは一通り、である。

長い目で見れば、テレビ番組の不規則な間隔に時間を奪われるのと比べると、こっちの方が圧倒的に効率的だと思う。

 

そして専門書や論文を読むと、「既に世の中の最先端でわかっていることリスト」がある程度頭の中に出来上がる。だからテレビ番組や雑誌、新聞などを読んでいても「それは既に知っている」という状態になる。そしてこれらを読まなくなっていく。いや、厳密には選択的に読む様になっていく

 

伝言ゲームについて突き詰めて考えると、そこから派生して色々なことが見えてきたりする。こうしたことをまとめるきっかけとなった「海藻を消化できる日本人」の記事にも、この場を借りて感謝したい。笑