憧れのあの人

今週のお題「憧れの人」

 

   憧れのあの人は、大学のときに知り合った。その人は教室の後ろにあるコンセントで携帯の充電をしていた。それが始まり。ゆっくり話ができたのはたったの2回。2回とも映画を観た。その隙間を埋めるようにやりとりされたメールは自分の方からの一方的なものばかりだった。

 

憧れのあの人とは疎遠になり、おそらく今後会うこともないんじゃないかと思う。今頃はきっとどこかで何かの仕事をしているんだろう。恋人は、たぶんいないんじゃないかと思う。

 

その人の見ている世界の中に、自分もいたかった。いようとしたけれど、うまく入り込むことはできなかった。それほど簡単ではなかった。

 

その人と会わなくなって、まるでつまらない意地でも張るかのように、ヘルマン・ヘッセの文庫本をすべて売ってしまった。詳しくなろうと思っていたクラシックを、もう聴くまいと思い、美術館にも行かなくなった。どれも嫌いになったわけではないのに。あの人も含めて。

 

憧れのあの人は、今頃何を考え、何に悩んでいるんだろう。

 

憧れのあの人を、まるで原点みたいにして、そこから自分の距離を測った。大げさなことばかり抱え込んで、自分の価値とか意味を測った。

 

憧れのあの人。