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ブックオフでの査定と情報処理 The Evaluation at BOOK OFF Store and Its Information Processing

近頃、この先も読みそうにないかもなと思う本はブックオフでどんどん売るようになった。

 
そもそもどうしてこの本を買ったんだろう、あの時の自分がわからない、みたいなこともままある。
 
それでもブックオフで査定が終わって金額を確認する時、「こんな安いの!?」と思う。
 
まぁもともと、「この内容でこの値段は安い!」と思って買ったのだから、売る時だけ高値がつくというのは理屈に合わないとは思う。
 
相場」という言葉がある。それは市場で何かが取引される時に、それがどれくらいの値で取引されるかを示す基準値になっている。『ドラゴン桜』の作者三田紀房さんの別の作品『エンゼルバンク』でもやり手だが一風変わった転職代理人である主人公が「相場」という言葉を強調するエピソードがある。
 
 
自分にとって高い価値をもつ様に思えるものでも、相場ではかなりの安値ということは、何も本に限ったことではない。そしてそんな「ギャップ」があるからこそ、人はそれを買うということも一面の真実ではある。「裁定(arbitrage/parity)」という形で。
 
まぁブックオフでの査定の基準は本の中身ではなくて本の状態がポイントだから、質の方で価値を云々ということはナンセンスかもしれない。笑
 
裁定は市場に参加するプレイヤーが入手可能な情報に依存して決まってくる。情報の側から言えば、市場においてそれがどの様に分布し、どの様に拡散するかに応じて裁定の場所やタイミングが決まってくる。近頃はそんな風に考えるようになった。つまり、市場における取引は、多数のプレイヤーによる、不完全な情報の分布を所与とした集合的な情報処理の過程(collective information-processing process under the imperfect information distribution)なのだと。そういうイメージはクラウドソーシングの登場と発達を準備する土壌になったとさえ言えるかもしれない。
 
市場において、この財はこの価格が適正値(fair value)か、この財はどの財と交換するのが最適(optimal)か、などの多種多様な情報処理が終わると同時に取引は終わる、と理論的には想定することができる。或いはより端的に、裁定機会が消滅すれば、均衡状態(equilibrium)に達して市場は安定(=状態変化が停止)すると。しかしそれが終わることはない。それは人間が経済成長を望むからであると同時に、それに付随して情報が新たに生み出されるからでもある。処理すべきものがそこに残っている限りは、処理は終わりようがない。
 
ブックオフの査定基準はそうそう変わらない。しかしそれは市場で価値が査定される場合の一般的な評価法に比べてひどく粗雑な代物と言わざるを得ない。つまり情報処理として見る限り、最大限の効率性を備えた査定とはまだ言えない。
 
情報処理は市場規模の拡大によっても増える。世界規模で市場が成立し、取引に関する情報が増え、複雑化した昨今となっては当然のことなのかもしれないが、「プレイヤー」はもはや人間だけではない。株式投資においては、ウォール街にとどまらず展開されるHFT(High Frequency Trade:高頻度取引)がコンピュータによって行われている。ブラッド・ピット主演で映画化もされた小説『マネー・ボール』の作者マイケル・ルイスの新作『Flash Boys(A Wall Street Revolt)』(未邦訳)ではHFTがテーマになっている。
 
もちろん遡って考えていけば、そのコンピュータのアルゴリズムを考えたプログラマー(rocket scientists or QUANTS?)は人間で、そのアルゴリズムを作るための基礎となる変数評価の枠組みたる学問体系(それは統計学であれ、経済学であれ、物理学であれ)を作ったのも人間だから、最終的には裁定はやはり人間が行っていると言えなくもない。それはプレイヤーというよりはむしろ、監督のような立ち位置に変わってきてはいるけれど。
 
何かと何かを交換する時に、どんな環境であれば一番効率的に交換を行えるのか、そのことが気になっている。